C×Organ ありがとう神奈川県民ホール 音の記憶、空間の記憶 神奈川県民ホール・オルガン委嘱作品コンサート

オルガン奏者6人が奏でた同時代作曲家6人の音楽にホールの足跡を想う

横浜港の大桟橋近くに1975年オープンした神奈川県民ホールが老朽化を理由に2025年3月末で休館、半世紀の歴史に区切りをつける。神奈川県は建て替えを前提とするが、小ホール(433席)に設置された独ヨハネス・クライス社製パイプオルガンの行く先は現時点で明らかにされていない。オルガンは開館当初、舞台上手(客席から見て右)側にあり、1990年に真正面へと移設され、長く小ホールの「顔」として君臨してきた。運営母体の神奈川芸術文化財団は、芸術監督が團伊玖磨から一柳慧(現名誉芸術監督)に交代した2000年以降、現代一線の日本人作曲家に新作オルガン曲を委嘱。小ホール最終公演日となった29日、6人のオルガニストが委嘱作品6曲を演奏した。

6人のオルガニストが委嘱作品6曲を演奏した
6人のオルガニストが委嘱作品6曲を演奏した

冒頭、2021年から同ホールのオルガン・アドバイザーを務める中田恵子が舞台に現れ、「ここで共有した記憶を未来につなぎ、作品もオルガンも50年、100年と残ってほしい」と客席に語りかけた。本番も1曲ごとに奏者と作曲家がオルガンへの思いと作品の詳細を話し、演奏する形で進んだ。「パイプオルガン」&「同時代音楽」と難易度の高いカードにもかかわらず、チケットは「最後」の一語で完売。普段なじみのない客層であっても、作品の世界へと自然に導かれる工夫がなされていたのは秀逸だった。6曲を駆け足で振り返ってみる。

オルガン・アドバイザーを務める中田恵子が舞台に登場し、作品やオルガンへの想いを語った。左は作曲家の鈴木純明
オルガン・アドバイザーを務める中田恵子が舞台に登場し、作品やオルガンへの想いを語った。左は作曲家の鈴木純明

1)  権代敦彦「ヨコハマ・テスタメンツOp.62」(2001) 演奏:内田光音
権代自身が「聴覚のテスト」と表現したように12,000Hzの高音から33Hzの低音まで網羅、最初の高音の連続が次第に下へと拡張していくが、終始ミステリアスな雰囲気。

2)柿沼唯「フーガ〝太陽〟」(2013) 演奏:川越聡子
J.S.バッハ未完の大作「フーガの技法」の続編という大変な「お題」を柿沼が正面から受け止め、大きな流れが一貫したフーガを生み出した。

3)J.S.バッハ「クラヴィーア練習曲集第3巻より〝天にまします我らの父よ〟BWV.682」&小鍛冶邦隆「オルガンのための〝イントロジェクション/フィギュール〟」(2016)演奏:廣江理枝
バッハの端正な再現から小鍛冶の「バッハの構造に現代が何を後付けできるのか?」の自問自答に違和感なくつながり、見事なアンサーソングに。

4)坂本日菜「九品来迎図 其の肆 雲―扉―浄土」(2019)演奏:三浦はつみ
「死者の魂が雲に乗せられて浄土に到着するまで」に優しく寄り添い、グレゴリオ聖歌の「In Paradisum(天国にて)」も交えながら、不思議な浮遊感を漂わせる。

5)鈴木純明「パンジェ・リングァに基づくリチェルカーレ」(2021)演奏:中田恵子
中田が歌を口ずさんで始まり、ルネサンス時代のミサ曲を起点とした17の部分で構成した技巧的な作品。音量も次第に増し、マッチョで巨大な音の伽藍(がらん)を築く。

6)近藤岳「Dive into the Future」(2025=新作初演)演奏:近藤岳
近藤は「このオルガンにはたくさんの思い出があり、再び会えることを願ってこの曲を書きました」と作曲の背景を説明した。豊かな響きで始まり、次に権代作品を思わせる高周波が現れ、飛行機に乗っているような感覚に陥る。さらに音楽は激し、超絶技巧を展開した後、ブラックホールへと吸い込まれるように終わる。

今回が初披露となった近藤岳の「Dive into the Future」
今回が初披露となった近藤岳の「Dive into the Future」

神奈川県民ホールのパイプオルガンが果たした歴史的役割に改めて敬意を表するとともに、日本人作曲家のオルガン曲を1度に6曲も聴けた貴重な時間にも感謝しよう。
(池田卓夫)

公演データ

C×Organ ありがとう神奈川県民ホール
音の記憶、空間の記憶 神奈川県民ホール・オルガン委嘱作品コンサート

3月29日(土) 15:00 神奈川県民ホール 小ホール

オルガン:内田光音、川越聡子、三浦はつみ、廣江理枝、中田恵子、近藤岳

プログラム
権代敦彦:ヨコハマ・テスタメンツOp.62(2001)
柿沼唯:フーガ「太陽」(2013)
J.S.バッハ:クラヴィーア練習曲集第3巻より〝天にまします我らの父よ〟BWV.682
小鍛冶邦隆:オルガンのための「イントロジェクション/フィギュール」(2016)
坂本日菜:九品来迎図 其の肆 雲―扉―浄土(2019)
鈴木純明:パンジェ・リングァに基づくリチェルカーレ(2021)
近藤岳:Dive into the Future(2025新作初演)

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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