上岡敏之指揮読響によるショスタコーヴィチの恐るべき凄演
今年没後50年を迎えるショスタコーヴィチ(1906~75)の交響曲第11番「1905年」は、ペテルブルクでの民衆の平和的な行進に軍隊が発砲した「血の日曜日事件」を描いたもの。上岡敏之は、読響から壮絶とも言える演奏を引き出した。
第1楽章「宮殿前広場」ではピアニッシモが徹底的に極められ、不気味なティンパニと軍隊ラッパ、囚人歌が挟まれる中、異様な緊張感が耐えられないまでに高まる。
第2楽章「1月9日」は民衆たちの行進が重く激しく続くが、はたと止んだ途端、軍隊の発砲を思わせる小太鼓の炸裂が起こり、金管のグリッサンド、容赦のない大太鼓や銅鑼の強打、全管弦楽の三連符が阿鼻叫喚の惨劇を恐ろしいまでに描いていく。突然音が止み、折り重なる死傷者の光景が、背筋がぞっとするような弦のトリルと追悼ラッパで表された。
第3楽章「永遠の記憶」での犠牲者への葬送歌〝同士は倒れぬ〟は、ヴィオラの響きにこの世とは思えない音が広がる。涙も涸れ果て、死者たちが歌うよう。中間部のティンパニほか打楽器の強打、金管の強奏による怒りと慟哭は恐怖すら覚える。
第4楽章「警鐘」冒頭の民衆の革命への行進曲が発展し、到達するクライマックスは、目の前で戦闘が行われているようだ。〝ワルシャワ労働歌〟の弦の刻みも無機的で不気味。
最も大きな衝撃は第2楽章冒頭の旋律による金管と打楽器の大爆発。上岡と読響はここで限界を超えた。終焉が訪れ、虚無の世界に第1楽章冒頭が戻り、イングリッシュ・ホルンがこだまする。最後にまだ闘いが続くように、〝帽子を脱ごう〟の主題が全管弦打楽器で奏でられ、突然断ち切られた。
息すら継げない緊張が最後まで続く、恐るべきショスタコーヴィチだった。
前半はイーヴォ・ポゴレリッチを迎えてのショパン:ピアノ協奏曲第2番。一見ショスタコーヴィチには似合わない組み合わせだが、ポゴレリッチの打鍵は重くテンポは遅いため、甘さのない重厚で硬派なショパンが出現、ショスタコーヴィチとの違和感はなかった。
上岡読響はポゴレリッチのテンポにぴたりと合わせていく。
第2楽章ラルゲットは、ポゴレリッチの一音一音が黒曜石のように輝く。コーダはピアノが上昇し消えていく余韻に弦も繊細に溶け込んだ。夢から覚めるように始まる第3楽章は、ピアノの装飾音がきらびやか。アンコールは第2楽章がもう一度、さらに細やかに演奏された。
(長谷川京介)
公演データ
読売日本交響楽団 第644回定期演奏会
1月21日(火)19:00サントリーホール
指揮:上岡敏之
ピアノ:イーヴォ・ポゴレリッチ
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:林 悠介
プログラム
ショパン:ピアノ協奏曲第2番ヘ短調Op.21
ショスタコーヴィチ:交響曲第11番ト短調Op.103「1905年」
ソリスト・アンコール
ショパン:ピアノ協奏曲第2番ヘ短調Op.21より第2楽章
はせがわ・きょうすけ
ソニー・ミュージックのプロデューサーとして、クラシックを中心に多ジャンルにわたるCDの企画・編成を担当。退職後は音楽評論家として、雑誌「音楽の友」「ぶらあぼ」などにコンサート評や記事を書くとともに、プログラムやCDの解説を執筆。ブログ「ベイのコンサート日記」でも知られる。