ショスタコーヴィチが作品に潜ませた仕掛けを細密に解き明かしたソヒエフ&N響によるレニングラード交響曲
N響の今年最初の定期となったAプログラム初日。指揮はトゥガン・ソヒエフ、曲目はショスタコーヴィチの交響曲第7番。このところN響の1月定期はABC3プロともソヒエフが指揮するのが恒例となっており、事実上の首席客演指揮者の体(てい)をなしている。両者の信頼関係も深まっているようで、細部にまでソヒエフの意思が行き届いた緻密で内容の濃い演奏が繰り広げられた。
交響曲第7番は第2次世界大戦中の独ソ戦において1941年9月から44年1月にかけて行われたレニングラード包囲戦の最中に作曲され、42年3月に初演された〝戦争交響曲〟の中核的作品。初演直後のソ連共産党機関紙「プラウダ」の論説から戦火と飢餓に苦しむ同市民への激励とファシズムに対する戦いとその勝利を描いた作品とされた。(初演時、包囲戦は継続中)しかし、後に「ファシズムとは単に国家社会主義(ナチズム)を指しているのではなく、この作品が語っているのは恐怖、屈従、精神的束縛である」との作曲者の言葉が明らかになり、スターリン率いるソ連共産党の独裁と、その恐怖政治への批判も包含されているとの解釈が定着した。
ソヒエフもこの解釈を基に作曲者が作品の中に埋め込んだ〝仕掛け〟を解き明かすような音楽作りを行った。例えば第1楽章展開部、小太鼓の反復リズムに乗せて奏でられる「戦争の主題」。長大なクレッシェンドで大きな山の頂に差し掛かる直前、弦楽器がフォルティシモでこの旋律を演奏する裏側で、金管楽器が半音階進行の上下行を繰り返す箇所。多くの場合はソ連軍の勇ましさを表すかのように弦楽器の華々しい旋律が全体を支配するのだが、ソヒエフは金管楽器のうねるような音型を強調。これによりナチス、ソ連に関係なく戦争の恐怖、そこに人々を引きずり込む独裁者たちの怪しさ、いかがわしさが浮き彫りにされたように聴こえた。前述の作曲者の言葉を裏付けるような〝仕掛け〟を目の当たりにする思いがした。
こうした例はほかにも。木管のソロでは1番を支える2番以下の音量を調整することで、美しい主旋律の裏側でアイロニックな対旋律、副旋律が奏でられていたことに光が当てられ、従来とは異なる音の景色が見えてきた。ソヒエフの要求に的確に応え得るN響の合奏能力と管楽器の2番以下も含めた個人技のレベルの高さが際立つ演奏でもあった。
(宮嶋 極)
※取材は1月18日(土)の公演
公演データ
NHK交響楽団第2028回定期公演
1月18日(土)18:00、19日(日)14:00 NHKホール
指揮:トゥガン・ソヒエフ
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:郷古 廉
プログラム
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番ハ長調Op.60「レニングラード」
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。