〝祈り〟から〝希望〟へ――「音楽の力」を実感した記憶に残るコンサート
25年都響の定期演奏会は80歳の巨匠スラットキンとの初共演で幕を開けた。
1曲目は夫人でもあるシンディ・マクティーの「弦楽のためのアダージョ」、01年9月11日の悲劇的な出来事(アメリカ同時多発テロ事件)をきっかけにワシントン・ナショナル響からの委嘱で書かれたこの作品は、ペンデレツキの「ポーランド・レクイエム」からの旋律を引用している。シンプルな美しい旋律を16型の弦楽器だけで奏でるアダージョは、地球上で日々起こる悲劇的な出来事、人災、天災問わず犠牲となった人々に祈りを捧げ、オーケストラの美しく哀愁のこもった音色に癒やされるような感覚を覚えた。
2曲目は金川真弓のソロでウォルトンのヴァイオリン協奏曲。ストラディヴァリウス「ウィルヘルミ」との出合いから間もない22年秋のリサイタルの頃からは、随分楽器の印象が変わった。柔らかい音の立ち上あがりと強靭な響きを放つ高音、滋味深さと艶やかさを併せ持つ中音域などその魅力には驚くばかり。ハイフェッツがウォルトンに依頼した作品というだけに、超絶技巧がそこかしこに現れるが、あらゆるフレーズを金川は音楽的に弾きこなす。第2楽章のタランテラ主題も一音一音明瞭に歌い、ワルツでは官能的、第3楽章の重音でのカデンツァなど雄弁な弓使いにも惹きつけられた。特筆すべきはスラットキンのタクトの元、オーケストラの各パートとの旋律の交歓だろう。大編成のオーケストラと織りなす豪華絢爛な演奏はまさにワールドクラスだ。
後半のラフマニノフの交響曲第2番、暗譜で振るスラットキンは冒頭からたっぷりと低弦を響かせ、メランコリックな部分と甘美なメロディーの起伏の大きい曲想、第2楽章のキレの良い弦の響きとポルタメントの対比など明瞭な表現を駆使。第3楽章のアダージョではクラリネットのソロをはじめとする抒情的なメロディーをさりげなくも濃密に聴かせる。流麗なタクトによってフィナーレまで音のバランスが見事で、最後は視界の開けた雲の上の飛行のような爽快感が残った。
〝祈り〟から〝希望〟へ、スラットキンからのメッセージのような「音楽の力」を実感した記憶に残るコンサートとなった。
(毬沙琳)
公演データ
東京都交響楽団 第1014回 定期演奏会 Bシリーズ
1月14日(火)19:00サントリーホール
指揮:レナード・スラットキン
ヴァイオリン:金川真弓
プログラム
シンディ・マクナティー:弦楽のためのアダージョ(2002)
ウォルトン:ヴァイオリン協奏曲
ラフマニノフ:交響曲第2番ホ短調Op.27
まるしゃ・りん
大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。