ヴァイオリンの優美な麗しさとピアノの柔和さが美しく調和する名手のデュオ
ヴァイオリンの樫本大進とピアノのラファウ・ブレハッチ、世代も近い名手がデュオを組んだ。ブレハッチが室内楽を日本で披露するのはこのツアーが初めてだろう。12月19日夜、サントリーホールは満場になった。
モーツァルトのハ長調ソナタK.296とベートーヴェンのハ短調ソナタ第7番Op.30-2、ドビュッシーのソナタ、武満徹の「悲歌」、フランクのイ長調ソナタとプログラムは多彩。
なによりもまず、樫本大進のヴァイオリンがなめらかで流麗。デル・ジェスの名器を艶やかに鳴らしきり、すみずみまで明瞭に表現を結んでいく。磨かれた美観と高性能の円滑さをもって、利発に音楽を引っ張る。モーツァルトからして、舗装道路を滑走するモダンなスマートさを思わせた。
ブレハッチは真面目で内向的な性格もあってか、室内楽経験も豊富な樫本のリードに、控えめにつけていく感がつよい。モーツァルトが本作でピアノに託した役割からみると慎ましく、ベートーヴェンのハ短調ソナタでも劇的な対峙というところまで開放されては行かない。才気煥発の対話でなく、名歌手と伴奏ピアノの美しい予定調和を聴くようだ。
ドビュッシーになって、自由を滲ませてもピアノの律義な節度は保たれ、俊敏で鋭利な表情はヴァイオリンの器用さでもたらされる。武満の「悲歌」は1966年の小品だが、ヴァイオリンの優美な麗しさとピアノの柔和さにより、後期の歌の世界に傾斜したように響いた。
フランクのソナタでは、ブレハッチが内声や低声を浮き上がらせるなど、どこかオルガンを連想させる工夫もみせ、より自由を感じさせた。しかし情熱的な局面でも、節制の枠を大きくはみ出しはしない。あるいは主張が出た分だけ、樫本のヴァイオリンと噛み合わない局面も現れたか。
アンコールにベートーヴェンのスケルツォ楽章を再び弾いて、ユーモアや即興の趣も通う室内楽の対話が、ようやくひらけてきた感があった。こうした心境で、前半の曲目から聴けたらよかった。
(青澤隆明)
公演データ
樫本大進&ラファウ・ブレハッチ デュオ・リサイタル
12月19日(木) 19:00サントリーホール
ヴァイオリン:樫本大進
ピアノ:ラファウ・ブレハッチ
プログラム
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第17番ハ長調K.296
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第7番ハ短調Op.30-2
ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ ト短調
武満徹:悲歌
フランク:ヴァイオリン・ソナタ イ長調FWV8
アンコール
ベートーヴェン:ヴァイオリン・ソナタ第7番ハ短調Op.30-2より第3楽章
あおさわ・たかあきら
音楽評論家。東京外国語大学英米語学科卒。クラシック音楽を中心に、評論、エッセイ、解説、インタビューなどを執筆。主な著書に「現代のピアニスト30ーアリアと変奏」(ちくま新書)、ヴァレリー・アファナシエフとの「ピアニストは語る」(講談社現代新書)、「ピアニストを生きるー清水和音の思想」(音楽之友社)。