声部間の伝統的ヒエラルキーを否定、驚異的な技術に支えられた大迫力の演奏
室内楽の殿堂、トッパンホールに、ジョヴァンニ・アントニーニ率いるピリオド楽器集団、イル・ジャルディーノ・アルモニコが初めて登場した。ヴァイオリンは第1、第2とも、わずか4挺。トランペットやティンパニも欠いた小編成である。だが、なんという迫力だろう。
その要諦は、声部間の伝統的ヒエラルキーをすっかり否定してみせたところにある。たとえば内声部。第1曲、モーツァルトのディヴェルティメント ニ長調 K.136でいえば、第1楽章後半に入ってニ短調になるところ。第2ヴァイオリンの浮上ぶりは、いかにピリオド系といえども、ここまでヴィヴィッドだったためしはない。向かって右側に立った彼らを主役に押し上げたのだ。俗に対向配置などというが、ここまでいくと「対等配置」と呼びたくなる。
もちろん、皆がつねに主役であっては音楽にならないわけで、そこは声部間の絶えざる調整が肝となる。アントニーニがその役を担うわけだが、その身体動作は、まるでダンサーのそれ。管楽が加わるハイドンの交響曲第52番ハ短調で、それがより明白となった。全身でメロスの抑揚を描き、対位法の急所を突いてみせる。拍を刻む仕事はほとんど眼中にない。フレーズを、テンポを、絶えず細かく伸縮させるのだ。
奏者らの闊達(かったつ)ぶりも特筆に値する。後半の最初、アルヴォ・ペルトのゆっくりとした「主よ、平和を与えたまえ」では、ノン・ヴィブラート奏法が楽器間の若干の不調和を露にしただろう。けれども、高音域でもブレずに歌うナチュラルホルンをはじめ、驚異的な技術の持ち主たちであることは間違いない。
シャイトの「悲しみのパヴァーヌ」を挟んでまた現れたハイドンの交響曲は、第44番ホ短調「悲しみ」。そう、当夜はテーマに「Trauer 悲しみ」が掲げられていたのである。だが、ハイドンの追悼式(Trauerfeier)で演奏されたという同曲第3楽章は、弱音器つき弦楽器の響きがとても明るかった。世の悲惨をめそめそ嘆いてみせるのが目的ではないのだ。嵐のようだったアンコールのグルック作品には、怒りさえ込められていただろう。
(舩木篤也)
公演データ
ジョヴァンニ・アントニーニ指揮 イル・ジャルディーノ・アルモニコ
12月13日(金)19:00トッパンホール
指揮:ジョヴァンニ・アントニーニ
古楽アンサンブル:イル・ジャルディーノ・アルモニコ
プログラム
Trauer―悲しみ―
モーツァルト:ディヴェルティメント ニ長調 K136(125a)
ハイドン:交響曲第52番ハ短調 Hob.I-52
A.ペルト:主よ、平和を与えたまえ
シャイト:「音楽の戯れ」より第4曲〝4声の悲しみのパヴァーヌ〟イ短調
ハイドン:交響曲第44番ホ短調 Hob.I-44「悲しみ」
アンコール
グルック:バレエ音楽「ドン・ジュアン」より第14場Larghetto、第15場Allegro non troppo
モーツァルト:セレナード第13番ト長調K525「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」より 第2楽章 Romanze.Andante
ふなき・あつや
1967年生まれ。広島大学、東京大学大学院、ブレーメン大学に学ぶ。19世紀ドイツを中心テーマに、「読売新聞」で演奏評、NHK-FMで音楽番組の解説を担当するほか、雑誌等でも執筆。東京藝術大学ほかではドイツ語講師を務める。共著に『魅惑のオペラ・ニーベルングの指環』(小学館)、共訳書に『アドルノ 音楽・メディア論』(平凡社)など。