紀尾井レジデント・シリーズ III 青木尚佳(第2回)〝Fantasy〟

シェーンベルクに潜むウィーンの水脈、シューベルトの時代を超えた新奇性——様々な作曲家の幻想曲を絶妙に再現

1カ月前にミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団コンサートマスターとして「故郷に錦」を飾ったばかりの青木尚佳が2023年から紀尾井ホールで続けているシリーズの2回目。前回はイザイの「無伴奏ソナタ」だったが、今回はピアノ(1曲のみハープ)とのデュオで様々な作曲家の「幻想曲」を特集した。

ピアニストのボリス・クズネツォフと共に、様々な作曲家の「幻想曲」を披露した(C)逢坂聡
ピアニストのボリス・クズネツォフと共に、様々な作曲家の「幻想曲」を披露した(C)逢坂聡

前半はシェーンベルク作品47、シューベルトD.934(作品159)をアタッカ(切れ目なし)で演奏した。2004年10月5日サントリーホールのワディム・レーピン(ヴァイオリン)&ニコライ・ルガンスキー(ピアノ)と全く同じ趣向。両者の一体化によりシェーンベルクに潜むウィーンの水脈、シューベルトの時代を超えた新奇性が相互作用を発揮する。演奏の冒頭から青木の骨太な音と楽曲の構造を適確に押さえた再現が際立ち、スタインウェイのグランドピアノの蓋(ふた)を全開にしたクズネツォフの精妙にコントロールされた打鍵、音の厚みとの美しい対照を描く。続くシューベルトでも青木は旋律を存分に歌わせつつヴィブラートは控えめ、節度を保ちながら形を整えていく。クズネツォフのタッチは一段と輝き、絶妙の間合いをとりながら、多彩なニュアンスを加味する。

シューマンの「幻想曲」は1853年(亡くなる3年前)、43歳と晩年の作品。同じ年に作曲した「ヴァイオリン協奏曲」ほど晦渋(かいじゅう)ではないが、どこか不安定で傷つきやすい雰囲気がある。ここに至り、青木の「外構からのアプローチ」はピークに達した。それは日本の伝統芸の文楽と一脈通じ、物理的には表情のない人形が浄瑠璃の音楽と一体になって深いドラマを演じるように、青木の形式美もクズネツォフの陰影に富むピアノを得て、一段と強い説得力を放つ。

サン=サーンス「幻想曲」を、ハープ奏者の早川りさこと演奏(C)逢坂聡
サン=サーンス「幻想曲」を、ハープ奏者の早川りさこと演奏(C)逢坂聡

NHK交響楽団のハープ奏者、早川りさことのデュオによるサン=サーンスは幻想的だったし、サラサーテ生誕180周年に因(ちな)む「カルメン幻想曲」の技巧の冴(さ)えも見事だった。半面、ラテン系のエンターテインメント色も濃いこの2曲にはもう少し、大向こうをうならせるようなケレン味があってもよかった。

(池田卓夫)

公演データ

紀尾井レジデント・シリーズ III
青木尚佳(第2回)〝Fantasy〟

12月6日(金)19:00紀尾井ホール

ヴァイオリン:青木尚佳
ピアノ:ボリス・クズネツォフ
ハープ:早川りさこ

プログラム
シェーンベルク:幻想曲Op.47
シューベルト:幻想曲ハ長調Op.159 D.934
シューマン:幻想曲ハ長調Op.131(クライスラー編)
サン=サーンス:幻想曲Op.124
サラサーテ:カルメン幻想曲Op.25

アンコール
シューマン「夕べの歌」Op.85の12

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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