井上道義指揮 新日本フィルハーモニー交響楽団 第659回定期演奏会

戦乱の先にある平和、和解に強い思いを託した〝レニングラード〟

井上道義の引退ラリーは、いよいよ最終コーナーに差しかかった。1983年9月〜1988年2月に第2代音楽監督、2000年9月〜2003年8月に首席客演指揮者を務めた新日本フィルハーモニー交響楽団とは今回が最後の共演。同フィル本拠(フランチャイズ)、すみだトリフォニーホールでの指揮は16日が見納めとなった。今月(11月)はオーケストラ・アンサンブル金沢(9日)、京都市交響楽団(23日)、大阪フィルハーモニー交響楽団(30日)……とかつてシェフのポストを務めたオーケストラとのファイナルが続く。とりわけ新日本フィルとは1999〜2000年にマーラー交響曲全曲演奏、2023年に自作のミュージカルオペラ「降福からの道」世界初演もともにするなど、強い絆を保ってきた。

第659回定期が新日本フィルハーモニー交響楽団との最後の共演となる井上道義 ©大窪道治
第659回定期が新日本フィルハーモニー交響楽団との最後の共演となる井上道義 ©大窪道治

マーラーの後、ショスタコーヴィチに急傾斜した井上が2007年に日露5つの楽団と交響曲全曲を演奏した際も、新日本フィルは参加した。最後の1曲には「第7番〝レニングラード〟」が選ばれた。16型(第1ヴァイオリン16人)の大編成、舞台後方2階のパイプオルガンの左側にホルン4人、右側にトランペット3人、トロンボーン3人のバンダを並べ、さらにステージ上にホルン5人、トランペットとトロンボーン各3人を置いて、金管群は強烈なパワーを発揮した。ファゴットの河村幹子、フルートの清水伶をはじめ、木管ソロの味わいも深い。そして弦楽器群!16型とはいえ、新日本フィルの弦がこれほどまでに輝かしく、メタリックで玲瓏(れいろう)な響きから人肌の温もりを思わせる感触までの幅広さを表現するのは稀だ。低弦群も、いつも以上にはっきりと聴こえた。

井上と強い絆を保ってきた新日本フィルが素晴らしい演奏を聴かせた ©大窪道治
井上と強い絆を保ってきた新日本フィルが素晴らしい演奏を聴かせた ©大窪道治

楽曲は1941〜44年のナチス・ドイツvs旧ソ連のレニングラード攻防戦を描いているように装いつつ、実際には「およそ独裁的な政治体制がもたらす領土と人心の荒廃という、普遍的な主題が隠されている」(音楽評論家、相場ひろ氏のプログラムノートより)。井上は指揮棒で克明に指示する箇所、手だけで柔らかく静かに歌わせるところを巧みに織り交ぜつつ、巨大な音響のスペクタクルではなく、ショスタコーヴィチの根底に流れる「想い」を丁寧に掬(すく)い上げ、聴く者の耳を一貫して惹きつけた。

以前のインタビューで「もし、天国でショスタコーヴィチに会えたら、何を話しますか?」と私が尋ねると、井上は「人が人を〝ゆるす〟ことの大切さではないかな」と答えた。戦(いくさ)の勝ち負けではなく、戦後の和解と平和への強い祈りをこめた「レニングラード交響曲」は第二次世界大戦終結直後の1946年に生まれ、日米両国のアイデンティティーの間に生きてきた井上自身の戦後史、未来へのメッセージのようにも響いた。
(池田卓夫)

※取材は11月16日(土)の公演

公演データ

新日本フィルハーモニー交響楽団 第659回定期演奏会

11月16日(土)14:00 すみだトリフォニーホール
11月18日(月)19:00 サントリーホール大ホール

指揮:井上道義
管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔文洙

プログラム
ショスタコーヴィチ:交響曲第7番ハ長調Op.60「レニングラード」

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池田 卓夫

いけだ・たくお

2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。

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