煌(きら)めく水の調べ――繊細で多彩、流麗なピアニズムの20周年
2003年に米国のクリーヴランド国際ピアノ・コンクールに優勝した翌年、日本で正式にデビューしてから20年の節目を記念し、9月22日に始まった全国10か所のツアーの最終日。前半と後半、それぞれ正味45分のシンメトリーだったが、出来栄えは後半が断然に良かった。野平一郎の新作「水と地の色彩」は今年6月にパリの日本文化会館で初演されたばかりの日仏現代音楽協会委嘱作で、「煌(きら)めく水」がテーマ。自然現象を解析できるようになった時代の「詩的ではなく現実的な構造」を打鍵、響きの両面から緻密に計算した作品を、福間は繊細かつ多彩な音色の変化で巧みに再現した。
続く編曲ものパートではまず、ワーグナーの「トリスタン」をリスト編曲の「愛の死」だけでなく、オーケストラ演奏会でよく聴く「前奏曲と愛の死」に拡大、前奏曲部分を自身で編曲したアイデアが秀逸だった。スリムで流麗なピアニズムの個性を最大限に生かしつつ強打の輝きも忘れず、「愛の死」ではイゾルデの心情に優しく寄り添う歌心で魅了した。ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」は音色の微細な変化だけでなく、旋律の絶妙な「ゆらぎ」までも巧みに再現。再び自身の編曲による「ヴルタヴァ(モルダウ)」では艶(あで)やかで粒ぞろいのタッチが川の流れを彷彿とさせ、溌剌として若々しいピアニズムの魅力が全開、大団円に向けてのワイルドな迫力もあって喝采を浴びた。
前半のショパンも「英雄ポロネーズ」で颯爽(さっそう)と始まり、ポロネーズのリズムの強調や中間部のトリオの思索的運びで演奏経験の確かさを示したものの、どこか音の硬さが残り、音色の変化にも乏しかった。続く「葬送ソナタ」は序奏から第1主題にかけての激しさと第2主題のたゆとう感触の対比に始まり最終楽章の劇的な着地に至るまで、全体が見事に設計されていたが、さらに強い個性の表出を求めたくなったのは贅沢すぎる注文だろうか? 最初はデリケートに滑り出した「幻想ポロネーズ」も含め、記念ツアー最終日の大舞台に気合を入れ過ぎたのか、強打で音色の混濁がみられたのは残念だった。
(池田卓夫)
公演情報
日本デビュー20周年記念 福間洸太朗ピアノ・リサイタル〝ストーリーズ〟
11月11日(月)19:00サントリーホール大ホール
プログラム
ショパン:ポロネーズ第6番変イ長調Op.53「英雄」
ショパン:ピアノ・ソナタ第2番変ロ短調Op.35「葬送」
ショパン:ポロネーズ第7番変イ長調Op.61「幻想ポロネーズ」
野平一郎:水と地の色彩(2024年作/日本初演)
ワーグナー(福間洸太朗編):楽劇「トリスタンとイゾルデ」より前奏曲
ワーグナー(リスト編):楽劇「トリスタンとイゾルデ」より〝イゾルデの愛の死〟
ドビュッシー(ボルヴィック編):牧神の午後への前奏曲
スメタナ(福間洸太朗編):モルダウ
アンコール
フォーレ:「舟歌」第1番
スケルトン:「ジョニーが凱旋する時」の主題による25の変奏曲(抜粋)
プーランク:「ノヴェレッテ」第1番
いけだ・たくお
2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。