過去と現在が交差するノットらしいプログラム
ラヴェル:スペイン狂詩曲は精緻にしてダイナミック。第3曲〝ハバネラ〟に一抹の寂しさを感じたのは、2026年3月で音楽監督を退任するノットの気持ちが無意識に出たのか、聴き手の思い込みか。しかし、第4曲〝祭り〟後半は輝かしい大きなうねりを生み出し、感傷を消し去った。
日本初演となるジャレル:クラリネット協奏曲〝Passages〟は、スイス・ロマンド管、トゥールーズ・キャピトル国立管、東響、サンパウロ州立響による共同委嘱作。
ソリストのマルティン・フレストが内耳の炎症でキャンセル。フレストの強い推薦でスウェーデン出身のマグヌス・ホルマンデルが登場。鮮やかな演奏で代役は大成功だった。
静かに登場するクラリネット、クラリネットとオーケストラの活発なやりとり、内省的なクラリネットの緩徐部分を経て、再びクラリネットとオーケストラが激しく応酬する。最後はクラリネットのソロとなり消えるように終わる。ジャレルの鮮烈なオーケストレーションとホルマンデルのクラリネットの深みが感動を呼んだ。東響はスイス・ロマンド管との世界初演を指揮し作品を知り尽くすノットに敏感に反応、ヴィルトゥオジティ(名技性)を発揮した。
アンコールはホーカン・ヘルストーム:Valborg(ヴァルボォリ)。ヴァルボォリは春の訪れを祝うスウェーデンのお祭り。素朴な曲をホルマンデルは指揮台に腰掛け表情豊かに吹いた。
デュリュフレ:レクイエムは、ノットが〝大学時代18歳の歌手として過ごした私の人生の一部〟と語るほど愛着を持つ曲。第二次世界大戦の戦死者への追悼とも言われる作品が内包する祈りと慟哭のドラマを静謐かつ劇的な表現で余すところなく描いた。
ノットの指揮を支えたのは、声楽陣の充実ぶり。まずは暗譜で歌う120名という大編成の東響コーラス。キリエの完璧なハーモニー、アニュス・デイの透明感、リベラ・メの劇的なクライマックスまで、合唱指揮者福島章恭の指導による明解なラテン語の発音とスケールの大きい合唱は主役と言ってもよいほどの存在感を示した。中島郁子(メゾ・ソプラノ)は潤いのある歌唱、青山貴(バリトン)は力強く歌った。
東響も繊細な弦と木管、ホルンをはじめとする強力な金管など万全の演奏。デュリュフレはオルガン奏者でもあり、グレゴリオ聖歌を引用したオルガン組曲を下敷きとするこの作品は時にオルガンがハーモニーの土台をつくる。オルガニストの大木麻理もまた重要な役割を果たした。
(長谷川京介)
公演データ
ミューザ川崎シンフォニーホール&東京交響楽団 名曲全集 第201回
11月10日(日)14:00 ミューザ川崎シンフォニーホール
指揮:ジョナサン・ノット
クラリネット:マグヌス・ホルマンデル
メゾ・ソプラノ:中島郁子
バリトン:青山貴
合唱:東響コーラス
合唱指揮:福島章恭
プログラム
ラヴェル:スペイン狂詩曲
ジャレル:クラリネット協奏曲〝Passages〟
(スイス・ロマンド管弦楽団/トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団/東京交響楽団/サンパウロ州立交響楽団による共同委嘱作品・日本初演)
デュリュフレ:レクイエム Op.9
ソリスト・アンコール
ホーカン・ヘルストレーム:Valborg(ヴァルボォリ)
はせがわ・きょうすけ
ソニー・ミュージックのプロデューサーとして、クラシックを中心に多ジャンルにわたるCDの企画・編成を担当。退職後は音楽評論家として、雑誌「音楽の友」「ぶらあぼ」などにコンサート評や記事を書くとともに、プログラムやCDの解説を執筆。ブログ「ベイのコンサート日記」でも知られる。