作曲家が作品に込めたメッセージを鮮やかに描き出した炎のマエストロ小林研一郎と日本フィル
日本フィル桂冠名誉指揮者であり、84歳にして今も精力的な活動を続けている小林研一郎、国際的に活躍する若手ピアニストとして着実にキャリアを重ねている髙木竜馬という魅力ある出演者と、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、ブラームスの交響曲第1番という豪華なプログラムで完売となった公演。2曲とも作曲家が苦悩を乗り越えて生み出し、ハ短調という「運命」に通じる共通点がある。プレトークでは小林が初めて日フィルを振ったのが79年10月、曲はブラームスの交響曲第1番だったことも紹介された。
ラフマニノフはソリストの髙木が持ち前の美しい音で抒情性に貫かれた演奏、小林のたっぷりと歌い上げるタクトの下、とうとうと流れるスケール感のある音楽になった。第2楽章のアダージョはピアノと木管とのやりとりや、テーマを奏でる弦楽器の味わい深い表現にも心を奪われる。終楽章で、あのモデラートの壮大なテーマをオーケストラが奏でると、久しく耳にしていないロシアのオーケストラの独特な響きが蘇るようだった。アンコールはシューマンの「トロイメライ」、後半のブラームスにつなげるセンスが光る。髙木の慈愛に満ちたピアノが鳴り終えた後、その余韻に浸る聴衆の静寂が神々しく感じられた。
後半、足取りも軽く入場した小林、〝炎のマエストロ〟の異名のとおり情熱のこもった演奏は健在だが、冒頭の重々しい絶望のもがきの後、オーボエからフルートのソロが奏でるメロディーの何と哀しいことか。抒情的な美しさにハッとさせられる瞬間は第2楽章のコンマス・ソロ(田野倉雅秋)と、そこに至るまでの弦楽などにもあった。パワーのある今の日本フィルが、耳をそば立てたくなるような繊細な弱音で奏でる音楽があってこそ、ブラームスの苦悩、燃えるような想いが伝わってくる。終結部のコラールではマエストロも上半身を2階席の方まで向けて客席、いや、天に向かって届けというおなじみのアクションを見せた。新しい世界が開けた瞬間、音楽をする歓びは生きる歓びだと作曲家が残したメッセージがそこにはあった。
(毬沙琳)
公演データ
日本フィルハーモニー交響楽団 第764回東京定期演奏会
10月18日(金)19:00 サントリーホール
指揮:小林 研一郎
ピアノ:髙木 竜馬
日本フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:田野倉 雅秋
プログラム
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調Op.18
ブラームス:交響曲第1番ハ短調Op.68
ソリストアンコール
シューマン:「子供の情景」より〝トロイメライ〟
※なお、10月19日(土)の同公演もチケットが完売しており、聴きたい方は配信をご視聴ください。
まるしゃ・りん
大手メディア企業勤務の傍ら、音楽ジャーナリストとしてクラシック音楽やオペラ公演などの取材活動を行う。近年はドイツ・バイロイト音楽祭を頻繁に訪れるなどし、ワーグナーを中心とした海外オペラ上演の最先端を取材。在京のオーケストラ事情にも精通している。