すべての音の意味を鮮やかに伝えたベニーニ指揮の雄弁な「トスカ」
冒頭のスカルピアを暗示する動機から管弦楽に引き込まれた。その後も、アンジェロッティが現れての緊迫感、堂守の軽快な足どりといった状況の変化が切れ味よく描写される。また、カヴァラドッシのアリアはたっぷり聴かせ、近代的な管弦楽法に貪欲でありつつ、イタリア伝統の旋律美にもこだわったプッチーニらしさが強調される。
指揮のマウリツィオ・ベニーニは、管弦楽の一音一音をしっかり立てながら、その音がそこにある意味をしっかり伝える。そのうえで歌手の呼吸に配慮し、歌を活かしながらドラマを創り上げる。
たとえば、第1幕のトスカとカヴァラドッシの二重唱はテンポが遅めだが、理由は明白である。声と管弦楽が絶妙に寄り添いながら、2人の心の動きが緻密に追われる。しかも、音はイタリア人の情熱そのもののような輝きを放ち続ける。オーケストラ・ピットがこれほど充実した「トスカ」の舞台には、イタリアでもなかなか出合えない。
歌手の呼吸を理解したベニーニのもとで、ソリストも輝いた。カヴァラドッシのテオドール・イリンカイは、長い旋律を余裕たっぷりに歌う声力があり、登場時は喉が少し閉まっていたが、徐々に声が前に飛ぶようになった。トスカのジョイス・エル=コーリーは、イタリア語に多少の難があるが、この役を自然に歌える。声が弱いと随所で絶叫調になり、強すぎても、叙情表現に乏しくなるのがトスカ役だが、彼女の歌唱はどの音域のどの表現でも破綻がない。
スカルピア役は代役の青山貴だった。大いなる美声のバリトンでフレージングも美しく、悪辣なニュアンスを添えることもできる。あえていえば端正にまとまりすぎて、表現に一種のアクが欠けるのが惜しいが、本役がキャンセルした穴をよく埋めた。
管弦楽と適材適所の歌手がバランスされ、第2幕のトスカとスカルピアの応酬にせよ、第3幕のトスカとカヴァラドッシの最後の対話にせよ、音楽美と迫真性が均衡した。また、第1幕の「テ・デウム」や第2幕のスカルピアが死んだのちなど、情景描写が主体となる場面における音画の精密な筆さばきと色彩感も特筆に値する。
2000年にお披露目されたアントネッロ・マダウ=ディアツ演出の舞台は、これで8回目の再演だが、いまでは制作不能なほどリアルに作り込まれている。その見事な美しさや場面転換の鮮やかさが、ベニーニが導く音楽ととても相性がよかったことを、最後に書き添えておきたい。
(香原斗志)
公演データ
ジャコモ・プッチーニ「トスカ」
全3幕(イタリア語上演/日本語及び英語字幕付)
2024年7月6日(土)14:00、10日(水)14:00、14日(日)14:00、19日(金)19:00、21日(日)14:00 新国立劇場 オペラパレス
指揮:マウリツィオ・ベニーニ
演出:アントネッロ・マダウ=ディアツ
トスカ:ジョイス・エル=コーリー
カヴァラドッシ:テオドール・イリンカイ
スカルピア:青山 貴
アンジェロッティ:妻屋秀和
堂守:志村文彦
合唱:新国立劇場合唱団
合唱指揮:三澤洋史
児童合唱:TOKYO FM少年合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
その他の出演者等、データの詳細は新国立劇場ホームページをご参照ください。
https://www.nntt.jac.go.jp/opera/tosca/
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。