2人の個性が昇華された名演~ヴィダーケアのデュオ・ソナタ
オーボエ奏者の吉井瑞穂とフォルテピアノ奏者川口成彦がバッハから初期ロマン派までの曲を、モダンのオーボエと2台の鍵盤楽器、フレンチ・モデルのチェンバロとデュルケン・モデルのフォルテピアノで奏でた。
J.S.バッハのソナタはチェンバロと。オーボエはヴィブラートが控えめで丁寧だが、共に今一つしっくりこない。一方C.P.E.バッハのソナタはオーボエのまろやかな音色がフォルテピアノに馴染(なじ)み、第2楽章はリズムの面白さが、終楽章は多感様式の特徴が示される。
アーティキュレーションで音楽を語らせる古楽器と響きとともに歌うモダン楽器。共演の成否はいかに接点を見出(みいだ)すかにかかっている。その点で最も成功していたのが次のドヴィエンヌと後半最後のヴィダーケア。そのドヴィエンヌの前に川口がフォルテピアノを爪弾くように弱音で弾いた。曲間の橋渡し的な即興演奏にしては長めで完結した小品のようでもある。関係者に訊(き)けばパーセルのアリアとのこと。何が出てくるか分からないのが川口の面白さだ。ドヴィエンヌのソナタは吉井の極美の音色や伸びやかなカンタービレが美しく、終楽章はともに生き生きと躍動。
続くプラのソナタはオーボエとチェンバロ。第1楽章は足取りも軽やかでリズムに愉悦が感じられ、第2楽章はオーボエの弱音が美しい。終楽章は重厚かつ威風堂々。
ここでフォルテピアノ独奏によるネブラのソナタ。第1楽章は脱力のタッチで音色や情感が見事に制御され、語り口は味わい深い。第2楽章はウィーン式アクション特有の珠(たま)を転がすようなパッセージやパンチの効いたフォルテが快い。
そして当夜一番のヴィダーケア。神々しいまでのオーラを放つ吉井のオーボエと知性と情熱を併せ持つ川口のフォルテピアノは自在さと精妙さを増し、演劇の身振(ぶ)りや対話を連想させる第2楽章やこの上なくリリカルな第3楽章、疾風怒涛(どとう)の終楽章と、聴き終えるのが惜しいと思うほどの名演だった。
(那須田務)
公演データ
東京・春・音楽祭
吉井瑞穂(オーボエ)&川口成彦(フォルテピアノ/チェンバロ)
2024年4月1日(月)19:00東京文化会館小ホール
オーボエ:吉井瑞穂
フォルテピアノ/チェンバロ:川口成彦
プログラム
J.S.バッハ:フルートとチェンバロのためのソナタ 変ホ長調 BWV1031
C.P.E.バッハ:オーボエ・ソナタ ト短調 Wq.135
F.ドヴィエンヌ:オーボエと通奏低音のためのソナタ ニ短調 Op.71-2
J.B.プラ:オーボエ・ソナタ 変ロ長調
M.ブラスコ・デ・ネブラ:ソナタ ホ長調 Op.1-6
J.ヴィダーケア:デュオ・ソナタ 第1番 ホ短調
アンコール
ヴィダーケア:デュオ・ソナタ第3番から第2楽章
なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。