東京・春・音楽祭 ルドルフ・ブッフビンダー
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲演奏会 1

20回目を迎えた東京・春・音楽祭のオープニングを飾ったブッフビンダーの至芸

20回目の節目を迎えた東京・春・音楽祭が15日、開幕した。オープニングを飾ったのはルドルフ・ブッフビンダーによるベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会の第1回公演。全32曲を15日から22日までの間、7回に分けて弾くというなかなかハードな企画の初日である。

7日間でベートーヴェンのピアノ・ソナタを全曲演奏するルドルフ・ブッフビンダー(C)増田雄介/東京・春・音楽祭2024
7日間でベートーヴェンのピアノ・ソナタを全曲演奏するルドルフ・ブッフビンダー(C)増田雄介/東京・春・音楽祭2024

ウィーンの伝統的なスタイルの継承者とされるブッフビンダーが弾くベートーヴェンは現代におけるスタンダードという位置付けがなされることも多いが、年月を経るにつれて彼の演奏スタイルが変化を遂げてきたことは過去の実演や録音からも明らかである。この日の演奏にもそれが如実に表れており第1番第1楽章を聴いただけで10年前のライブ録音との違いに思わずハッとさせられる。
冒頭の1番、そして休憩後の4番では初期の作品ということなのか、ダイナミックレンジをあまり大きく取ることをせず、あたかもフォルテピアノのようなシンプルな響きを紡ぎ出していく。虚飾を排したその表現は譜面をそのまま音にしているかのような説得力を感じさせるものであった。こうした素朴さは10年前の演奏にはなかった。

虚飾を排した表現に、10年前の演奏にはなかった素朴さを感じた(C)増田雄介/東京・春・音楽祭2024
虚飾を排した表現に、10年前の演奏にはなかった素朴さを感じた(C)増田雄介/東京・春・音楽祭2024

一方1801年に作曲された同じ作品番号(Op.27)の13番、14番はベートーヴェンが新たな作風を模索した時期の意欲作であり、1番、4番とはやや異なるアプローチで表現の振れ幅を少し広めにしていた印象。ペダルを比較的多めに踏み、低い和音に厚みをもたせた響きを標ぼうしているように感じた。興味深かったのは両曲とも楽章間に間を空けずに次楽章に入っていくアタッカで演奏していたこと。帰宅後に譜面(ベーレンライター版)で確認したところ13番は全ての楽章間にアタッカの指示があったが、14番は第1と第2の間には指示はあるものの、第2と第3楽章の間にはない。ブッフビンダーはここもほぼ間隔を空けずに弾き進めていた。なぜなのかとよく見てみると第2楽章の終わり、左手の最後の音はDes(レ♭)とAs(ラ♭)。続く第3楽章の弾き出しはCis(ド♯)とGis(ソ♯)、つまり調性は異なっていても同音なのである。続けて弾く意味があったのだ。まさに現代のスタンダードと呼ぶにふさわしい理にかなったベートーヴェンであったと納得させられた。

(宮嶋極)

演奏後、会場から拍手喝采が鳴り響いた(C)増田雄介/東京・春・音楽祭2024
演奏後、会場から拍手喝采が鳴り響いた(C)増田雄介/東京・春・音楽祭2024

公演データ

東京・春・音楽祭 ルドルフ・ブッフビンダー
ベートーヴェン ピアノ・ソナタ全曲演奏会1

2024年3月15日(金)19:00 東京文化会館小ホール

ピアノ:ルドルフ・ブッフビンダー

ベートーヴェン
  :ピアノ・ソナタ第1番ヘ短調Op.2-1
  :ピアノ・ソナタ 第10番ト長調Op.14-2 
  :ピアノ・ソナタ 第13番変ホ長調Op.27-1
  :ピアノ・ソナタ 第4番変ホ長調Op.7 
  :ピアノ・ソナタ 第14番嬰ハ短調Op.27-2「月光」

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宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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