新国立劇場2023/2024シーズンオペラ  
リヒャルト・ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」

豊潤な演奏、厳粛な舞台

2010年末から2011年初頭にかけて上演された新国立劇場のオリジナル・プロダクション、デイヴィッド・マクヴィカー演出によるワーグナーの大作「トリスタンとイゾルデ」が久しぶりに再演された。第一に、プレミエ時に続いて今回も指揮を執った大野和士(新国立劇場オペラ部門芸術監督)の情感豊かな音楽づくりに賛辞を捧げよう。気心知れた東京都交響楽団を指揮して、前奏曲の「トリスタン和音」で柔らかくあたたかい音色をつくり出したのをはじめ、第2幕の「ブランゲーネの警告」を含む「愛の場面」、第3幕の前奏曲や「愛の死」など、あらゆる個所にわたって陰翳(いんえい)豊かで官能的な音楽を響かせた。これは、その音の豊潤さにおいて、疑いなく世界第一級の「トリスタン」だと言って過言ではない。

トリスタン役のゾルターン・ニャリ(右)とイゾルデ役のリエネ・キンチャ(左)撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
トリスタン役のゾルターン・ニャリ(右)とイゾルデ役のリエネ・キンチャ(左)撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

歌手陣は、題名役2人が当初の予定からは変更されていたものの、トリスタンのゾルターン・ニャリ、イゾルデのリエネ・キンチャとも、よく代役を務めていたと言えよう。だが今回ひときわ映えたのは、明晰(めいせき)なドイツ語と美しく通る声が見事だったブランゲーネ役の藤村実穂子と、重量感豊かな声で貫録を示したマルケ王役のヴィルヘルム・シュヴィングハマーだった。

重量感豊かな貫録を示したマルケ王役のヴィルヘルム・シュヴィングハマー(写真奥左から2番目)撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場
重量感豊かな貫録を示したマルケ王役のヴィルヘルム・シュヴィングハマー(写真奥左から2番目)撮影:堀田力丸 提供:新国立劇場

舞台は物語の背景に相応(ふさわ)しく、冷徹さに満ちているが、船乗りや王の部下たちの国籍不明の風体を除けば、極めて厳かな雰囲気を感じさせるだろう。プレミエ時に比べ、主役たちの演技の細かいニュアンスは薄れているようにも感じられるけれども、ことさらに奇を衒(てら)った要素はなく、中庸を得た演出なので、ストーリー性は明快だ。その意味では安心して観(み)ていられるプロダクションである。45分の休憩2回を含め、上演時間はおよそ5時間半。

(東条碩夫)

公演データ

新国立劇場2023/2024シーズンオペラ
リヒャルト・ワーグナー「トリスタンとイゾルデ」
(再演、全3幕ドイツ語上演字幕付き)

3月14日(水)16:00 、17日(日)14:00、20日(水・祝)14:00、23日(土)14:00、26日(火)14:00、29日(金)14:00 新国立劇場オペラパレス

指 揮:大野和士
演 出:デイヴィッド・マクヴィカー

トリスタン:ゾルターン・ニャリ
マルケ王:ヴィルヘルム・シュヴィングハマー
イゾルデ:リエネ・キンチャ
クルヴェナール:エギルス・シリンス

出演者等、その他データの詳細は新国立劇場ホームページをご参照ください。
トリスタンとイゾルデ | 新国立劇場 オペラ (jac.go.jp)

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東条 碩夫

とうじょう・ひろお

早稲田大学卒。1963年FM東海(のちのFM東京)に入社、「TDKオリジナル・コンサート」「新日フィル・コンサート」など同社のクラシック番組の制作を手掛ける。1975年度文化庁芸術祭ラジオ音楽部門大賞受賞番組(武満徹作曲「カトレーン」)制作。現在はフリーの評論家として新聞・雑誌等に寄稿している。著書・共著に「朝比奈隆ベートーヴェンの交響曲を語る」(中公新書)、「伝説のクラシック・ライヴ」(TOKYO FM出版)他。ブログ「東条碩夫のコンサート日記」 公開中。

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