有終の美を飾る!ブリテンとブルックナーの「異形(いぎょう)」を鮮やかに捉えた演奏
スイスの指揮者マティアス・バーメルト(1942―)は2018年4月から札幌交響楽団(札響)首席指揮者を務め、今年3月末で退任する。今回の東京公演は1月27&28日に札幌コンサートホールKitaraで行った第658回定期演奏会と全く同じ曲目。首席指揮者としては東京が最後の演奏会に当たる。ブリテンの「セレナード」は今回が札響初演、ブルックナー「第6」を1975年に札幌初演したのは札響中興の祖と呼ばれた〝ウィーン人〟ペーター・シュヴァルツだったので、楽団の歴史もからむ興味深い組み合わせだ。
テニスンやブレイク、キーツらの詩に基づく「セレナード」では先(ま)ず、英国の名歌手ボストリッジの美しく彫り込まれ、繊細さから力強さまで縦横無尽に再現する力量に圧倒される。英詩には独特の強弱に基づく朗読法が厳然と存在するが、ボストリッジはこれを極めて忠実に踏まえつつ、ブリテンの作曲と矛盾なく一致させた。ホルンのアレグリーニはプロローグ、エピローグで陰影に富むソロを聴かせ、歌にも完璧に寄り添う。
ブルックナーでは弦が14型(第1ヴァイオリン14人)に拡大、管楽器が加わる。バーメルトはブリテンでも際立った透明かつ厚みのある弦を基盤に「大きな室内楽」の積み重ねに徹し、ゆっくりめのテンポでしみじみ、くっきりと各声部を歌わせる。木管のソロはチャーミング、金管の強奏にも音色への配慮がみられ、弦をかき消さない。第6番は雄大な第5、豊麗な第7の谷間にあって、あれこれ不思議さを感じさせる交響曲だが、バーメルトはミステリアスな箇所ほど分析的に掘り下げ、美しさを際立たせる。時には物悲しさすら漂わせ、ディーリアスやヴォーン・ウィリアムズなど英国の管弦楽曲に接近する美意識も感じさせた点、極めてユニークかつ説得力のあるアプローチといえる。
日本にいながら、ヨーロッパのどこか中規模の都市で日常の音楽を聴いているかの錯覚を覚える演奏会だった。楽員が退出した後、バーメルトのソロ・アンコールに至った。
(池田卓夫)
公演データ
札幌交響楽団 東京公演2024
2024年1月31日(水)19:00 サントリーホール
指揮:マティアス・バーメルト
テノール:イアン・ボストリッジ
ホルン:アレッシオ・アレグリーニ
コンサートマスター:田島高宏
プログラム
ブリテン:セレナード~テノール、ホルンと弦楽のための
ブルックナー:交響曲第6番イ長調
いけだ・たくお
2018年10月、37年6カ月の新聞社勤務を終え「いけたく本舗」の登録商標でフリーランスの音楽ジャーナリストに。1986年の「音楽の友」誌を皮切りに寄稿、解説執筆&MCなどを手がけ、近年はプロデュース、コンクール審査も行っている。