卓抜な指揮で立体的に統率され、歌唱も映えた
全5幕、バレエを入れて正味3時間15分ほど。長丁場の「ファウスト」だが、演奏が始まってすぐに、最後まで弛緩(しかん)しないと確信した。このオペラの特徴である清廉な叙情性は強調されながら、哀感や悲劇性もにじんだ音楽が、緊密に統率されていたからである。東京フィルを指揮したのは、仏ドーム交響楽団などの音楽監督を務める阿部加奈子で、彼女は歌手の歌わせ方も心得ていた。
表題役の村上敏明が本調子でなかったのは残念だが、悪魔メフィストフェレスはイタリアから招聘(しょうへい)されたアレッシオ・カッチャマーニが、品格ある声に魔性をまぶし、強い存在感でドラマを引き締めた。マルグリートの砂川涼子は、声に以前のような豊かさが欠けるとはいえ、この役の本質である清らかさを表現して余りある。
ダヴィデ・ライモンディ演出の舞台はシンプルで、映像が投影される3つの大きな板だけで、ほぼ構成されている。歌手にとっては場面が単調で、状況をイメージしにくかったと想像するが、阿部の手腕もあって、管弦楽と歌手陣のカンタービレは絶秒に和した。
また、状況に応じて場面を構築する板に投影される映像は、時々の心象から状況まで情報が豊富で、イメージが多様に喚起される。そこに手抜きなく制作された15~16世紀風の美しい衣装が映える。
第4幕で第2場の「教会」と第3場の「フランクフルトの街頭」が入れ替えられていたのは気になった。この幕をマルグリートの失神で終えたかったのかもしれないが、元来の物語を入れ替えると、どうしても矛盾を導く。
しかし、合唱やバレエも包含してドラマは統率されていた。演奏次第で退屈になりやすいオペラではあるが、阿部が掘り下げる音楽と美しい舞台が調和し、最後まで引き締まった。
(香原斗志)
公演データ
藤原歌劇団公演 グノー「ファウスト」新制作上演
1月27日(土)14:00 東京文化会館大ホール
グノー:歌劇「ファウスト」(フランス語上演、日本語字幕付き)
指揮:阿部 加奈子
演出:ダヴィデ・ガラッティーニ・ライモンディ
ファウスト:村上 敏明
メフィストフェレス:アレッシオ・カッチャマーニ
マルグリート:砂川 涼子
ヴァランタン:岡 昭宏
シーベル:向野 由美子
ワグネル:大槻 聡之介
マルト:山川 真奈
合唱:藤原歌劇団合唱部
バレエ:NNIバレエ・アンサンブル
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
28日の出演者ほかの詳細は藤原歌劇団ホームページをご覧ください。
出演者・スタッフ | JOF 公益財団法人日本オペラ振興会
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。