濃密な音楽が充足感をもたらした好演
大野和士&東京都交響楽団の平日午後定期。前半は、レーガーのベックリンによる4つの音詩とラフマニノフのピアノ協奏曲第1番(独奏はニコライ・ルガンスキー)、後半はシューマンの交響曲第4番である。前半は今年生誕150年の作曲家を取り上げ、ラフマニノフと後半に演奏されるシューマンは後年に大幅改訂された作品という括(くく)り。平日午後とは思えぬこの凝ったプロをまずは評価したい。
最初はレーガーには珍しい標題音楽。ここではその内容が精妙に描かれる。「ヴァイオリンを弾く隠者」はしなやかかつ繊細な響きの中で、矢部達哉のヴァイオリンが美しく映える。「波間の戯れ」は軽妙な動きが生き生きと綾をなし、「死の島」はダイナミクスと表情の変化で魅せる。「バッカナール」は躍動的で激烈な締めくくり。これは終始隙のない名演だ。
ラフマニノフではルガンスキーの細部までクリアなピアノが真価を発揮。その確信に満ちた独奏と豊穣なオーケストラが、フレッシュさと熟したロマンを併せ持つ第1番の改訂版の魅力を十全に表出する。
シューマンは強いアタックを伴わないズシリとした出だしから耳を奪う。第1楽章は以降も堂々たる進行で魅了し、第2楽章はオーボエとチェロが溶け合う主題の色調が妙味十分。第3楽章は豊麗で力強く、第4楽章は軽快ながらも迫真的に畳み込む。同曲は16型の重量感と都響ならではの重層感―特に分厚い弦楽陣―が生きた快演。全体に、大野の濃密な音楽が充足感をもたらした良き公演だった。
(柴田 克彦)
公演データ
レーガー&ラフマニノフ生誕150年記念
東京都交響楽団 第989回定期演奏会Cシリーズ
2023年12月8日(金)14:00 東京芸術劇場コンサートホール
指揮:大野和士
ピアノ:ニコライ・ルガンスキー
プログラム
レーガー:ベックリンによる4つの音詩 op.128
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第1番 嬰ヘ短調 op.1
シューマン:交響曲第4番 ニ短調 op.120(1851年改訂版)
ソリスト・アンコール
ラフマニノフ:12の歌曲より ≪リラの花≫ op.21-5
(ピアノ:ニコライ・ルガンスキー)
しばた・かつひこ
音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。