軽快な指揮、歌のエロス、洒脱(しゃだつ)な演出が好バランス
序曲から快速で非常に軽快。難をいえば洒脱な妙味に欠ける面もあるが、それを超えて鮮やかな疾走が心地よい。ワルツの舞踊性にも不足はない。若くしてオペラの経験も豊富なオーストリア出身のパトリック・ハーンの指揮で、ジャズピアニストとしての受賞歴も豊富なのも分かる切れ味だ。幕が上がる前に心が弾む。
アルフレードの伊藤達人は明るい声がよく飛び、この役らしい。アイゼンシュタインのジョナサン・マクガヴァンは、どの音にも声が充足して表現が柔軟。ファルケ博士のトーマス・タツルも安定している。急遽(きょ)代役に立ったフランクの畠山茂も思いのほか健闘し、同様に師走の風物詩である「紅白歌合戦」に例えれば、「白組」の勝利を確信した。
というのも、ロザリンデのエレオノーレ・マルグエッレは少々存在感に欠け、アデーレのシェシュティン・アヴェモは音によって響きにムラがあり、もどかしさを感じたからだ。
ところが第2幕になると、アデーレの声がムラなく響きだし、ロザリンデも歌が艶を増していった。すると、このオペレッタに欠かせないエロスが濃厚に発散され、「紅組」が形勢を大きく立て直した感があった。こうなると、あとは痛快な指揮に煽(あお)られるように、終幕まで運ばれてしまう。
最後に揺さぶりをかけられたのがフロッシュのホルスト・ラムネク。洒脱な語りと歌のバランスがとれた、最上のフロッシュと言っていい。「こうもり」は大団円が心地よくあってほしい。気持ちを高揚させる定番の演出の効果も相まって、晴れやかに席を立った。
(音楽評論家 香原斗志)
※取材は12月6日の公演
公演データ
2023年12月6日(水)19:00、12月9日(土)14:00、12月10日(日)14:00
12月12日(火)14:00
会場:新国立劇場 オペラパレス
公演データ等の詳細は新国立劇場ホームページをご参照ください。
こうもり | 新国立劇場 オペラ (jac.go.jp)
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。