ドニゼッティの知られざる傑作「カテリーナ・コルナーロ」の凄味

「カテリーナ・コルナーロ」より、左からジェラルド(エネア・スカラ)、カテリーナ(カルメラ・レミージョ) (C)Studio U.V. - Courtesy Donizetti Opera - Fondazione Teatro Donizetti
「カテリーナ・コルナーロ」より、左からジェラルド(エネア・スカラ)、カテリーナ(カルメラ・レミージョ) (C)Studio U.V. - Courtesy Donizetti Opera - Fondazione Teatro Donizetti

ガエターノ・ドニゼッティ(1797-1848)は、生涯に70を超えるオペラを書いた。このため粗製乱造(そせいらんぞう)した作曲家だというそしりも受ける。だが、1843年に台本作家のジャコモ・サッケーロに宛てた手紙にこう書いている。「私のモットーを知っているか? プレスト(速筆)だ。批判されるかもしれないが、うまく作曲できた作品はみな速く書いたものだ」。速く書けるのは、台本に共感すると音楽があふれ出るということで、作曲技術が熟達していたことの証だろう。

むろん駄作もあるが、埋もれた作品のおもしろさに心躍らされることもある。ドニゼッティの生地で、ミラノから北東に50キロほどのベルガモでは毎秋、県と市が創設したドニゼッティ財団の主催で、ドニゼッティ・オペラ・フェスティバルが開催され、この作曲家の天才と魅力に触れる機会が提供されている。2026年に上演された「カテリーナ・コルナーロ」も、不幸な作品ではあるが、この作曲家がただ者ではないことは、あらためて痛感させてくれた(11月30日に鑑賞)。

左からカテリーナ(レミージョ)、モチェニーゴ(リッカルド・ファッシ)、ルジニャーノ(ヴィート・プリアンテ) (C)Studio U.V. - Courtesy Donizetti Opera - Fondazione Teatro Donizetti
左からカテリーナ(レミージョ)、モチェニーゴ(リッカルド・ファッシ)、ルジニャーノ(ヴィート・プリアンテ) (C)Studio U.V. - Courtesy Donizetti Opera - Fondazione Teatro Donizetti

キプロス島と現代の病院を行き来する演出

ドニゼッティの晩年に近い1842年から43年に作曲されたこのオペラは、すでにヴェルディが活躍している時代の作品らしく、かなりドラマティックだ。そしてアリアよりも、長い重唱を含む大規模なシェーナを中心に全体が構成されている。ただし、ウィーンでの初演直前に、ほかの作曲家による同じ題材の作品が上演されていたことがわかって、上演中止になった。結局、1844年にナポリのサン・カルロ劇場で初演されたが、ソプラノの役をメゾ・ソプラノが歌うなどの不幸に見舞われ失敗。改訂のうえ、翌年にパルマで上演された。

カテリーナ・コルナーロとは、15世紀に実在したキプロスの女王で、オペラはざっと次のような物語だ。カテリーナとジェラルドの結婚式がはじまると、キプロス島のヴェネツィア大使モチェニーゴが、「カテリーナはキプロス王ルジニャーノの妃になる」と通告。結婚を破棄されたジェラルドは悲しむが、事情を理解して王に忠誠を誓い、カテリーナとも和解する。やがてモチェニーゴが反旗を翻すと、王はジェラルドと共に戦って勝つが、重傷を負って息絶える。カテリーナは1人で統治することになり、国民に忠誠を誓わせる――。

左からルジニャーノ(代役:ウォンジュン・ジョー)、カテリーナ(レミージョ)(C)Studio U.V. - Courtesy Donizetti Opera - Fondazione Teatro Donizetti
左からルジニャーノ(代役:ウォンジュン・ジョー)、カテリーナ(レミージョ)(C)Studio U.V. - Courtesy Donizetti Opera - Fondazione Teatro Donizetti

フェスティバルの芸術監督であるフランチェスコ・ミケーリの演出は、物議を醸した。

登場人物が美しい歴史的衣裳を身にまとっていたので、トラディショナルな舞台かと思えば、さにあらず。ルネサンス様式の宮殿と、現代の病院の場面が交互に現われるのだ。ミケーリは、歴史的なカテリーナと、現代の病院で夫の手術を待つ女性が似ていると考えたのだろう。現代のカテリーナは妊娠中の妻で、夫のルジニャーノは外科医の手術を受けるが、助からない。現代からの視点が優先されるのだとしたら、歴史的な物語は病院で追い詰められたカテリーナの妄想ということなのだろうか。

おもしろかったともいえるが、2つのドラマを同時に見せられると、どちらも中途半端で感情移入しにくいことはまちがいない。

左からカテリーナ(レミージョ)とルジニャーノ(ジョー) (C)Studio U.V. - Courtesy Donizetti Opera - Fondazione Teatro Donizetti
左からカテリーナ(レミージョ)とルジニャーノ(ジョー) (C)Studio U.V. - Courtesy Donizetti Opera - Fondazione Teatro Donizetti

すぐれたキャストだと傑作が見つかる

ちょうど風邪が流行っていたからか、残念な降板があった。指揮のリッカルド・フリッツァがアラム・カチェに替わってしまったのだ。しかし、フリッツァと作ってきた音楽が健在だと思われ、それにカチェも悪くなかった。管弦楽に活気があり、テンポも快活で、ヴェルディにつながる劇的な盛り上がりと、ドニゼッティらしい流麗さがかみ合っていた。

もうひとつ残念だったことには、この3月に新国立劇場の「ドン・ジョヴァンニ」でスタイリッシュな題名役を歌ったヴィート・プリアンテが、ルジニャーノ役を途中で降板してしまったのだ。いつもながらに高貴なバリトンで、音程も抜群だったが、第1幕途中から声が出なくなった。最初は演技だけ続けて、舞台袖で別の歌手が歌い、第2幕からは舞台上もウォンジュン・ジョーに替わった。しかし、急な代役にしては健闘したといえる。

代役で健闘した指揮者、アラム・カチェ (C)Studio U.V. - Courtesy Donizetti Opera - Fondazione Teatro Donizetti
代役で健闘した指揮者、アラム・カチェ (C)Studio U.V. - Courtesy Donizetti Opera - Fondazione Teatro Donizetti

カテリーナ役はカルメラ・レミージョ。以前にくらべると声が成熟して強さを増したが、柔軟なのは相変わらずで、輝かしい倍音を伴ったレガートがエレガントだった。過去と現代の行き来は大変だったと思うが、その際の歌い分けもうまい。ジェラルド役は、バリトン的なテノールの役では第一人者になった感があるエネア・スカラ。いつもながらに充実した声があふれ出て、長いレガートも余裕をもって歌う。これほど余裕をもってこの役を歌える歌手は、ほかに想像できない。モチェニーゴ役は、昨年のウィーン国立歌劇場公演で「フィガロの結婚」のフィガロ役を歌ったリッカルド・ファッシ。暗い情念がよく表現された。

とくに第2幕など、非常にすぐれた音楽が含まれ、もっと上演されてもいい。知られざる傑作は、こうしてすぐれたキャストで聴いたときに見つかる。

モチェニーゴ(ファッシ)とカテリーナ(レミージョ) (C)Studio U.V. - Courtesy Donizetti Opera - Fondazione Teatro Donizetti
モチェニーゴ(ファッシ)とカテリーナ(レミージョ) (C)Studio U.V. - Courtesy Donizetti Opera - Fondazione Teatro Donizetti
Picture of 香原斗志
香原斗志

かはら・とし

音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。

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