北イタリアのロンバルディア州、ミラノから北東に50キロほどのベルガモ。ガエターノ・ドニゼッティの生地であるこの都市には、1990年にドニゼッティ財団が立ち上げられ、毎年秋にドニゼッティ・オペラ・フェスティバルが開催されている。今年、舞台にかけられたのは滅多に上演されない3公演(計4演目)だった。
ドニゼッティのもう一つの才能
ベルガモは世界遺産に登録されている山の手(チッタ・アルタ)と下町(チッタ・バッサ)に分かれる。11月28日、山の手のソチャーレ劇場での公演は「呼び鈴(イル・カンパネッロ)」と「二人の男と一人の女」のダブルビルだった。
「呼び鈴」は拠点のナポリでコレラが蔓延して劇場が閉鎖された1836年に、ドニゼッティ自ら台本も手がけた1幕のファルサ(笑劇)。裕福な薬剤師アンニバーレ・ピスタッキオは若いセラフィーナを花嫁に迎えたが、翌朝早く出張するので初夜の時間は短い。そこにセラフィーナに憧れるエンリーコが、数々の人物に変装して邪魔に入り、呼び鈴が鳴り続ける。薬剤師に義務づけられた緊急対応に朝まで追われ、そのまま出張に出かける——。「ルチア」のような悲劇とも「愛の妙薬」のような叙情喜劇とも異なる活気ある風刺劇で、不条理ないたずらを台本も含めて陽気に描く、ドニゼッティのもう一つの才能を知らされる。
「二人の男と一人の女」は1841年の春にパリで、1週間で書き上げられたフランス語による1幕のファルサで、「リータ」の題名でも知られる。宿屋の女将リータは、気弱な夫ベッペを引っぱたくほど強いが、そこにリータの元夫で死んだはずのガスパーロが現れる。2人の男はリータを譲り合い、賭けに負けて自分が引き取ることになったガスパーロが、最後は勝利。ベッペに「女房はしっかり棒で叩け」とメッセージを残す——。音楽をセリフでつなぐオペラ・コミックの様式で、甘美な旋律からマズルカのようなリズムまで、ドニゼッティの音楽言語が自在に散りばめられながら、人物の風刺に徹する。
演出はかつてソプラノとして注目されたステファニア・ボンファデッリで、「呼び鈴」の結婚式がリータの宿屋で行われ、その隣にピスタッキオの薬局があるなど、2作が1つの家に見事にまとめられた。驚いたのは、「二人の男…」の描写が「暴力的」だとして、フェミニスト団体から抗議を受けたと聞いたことだ。イタリアでもオペラの伝統的描写に対し、そんな反応が生じるのか、と。たしかにこの2作では、ドニゼッティはいつものような人物への同情を見せないが、だから喜劇的に痛快であると同時に、短いドラマに人間の残酷さをも描出される。だが、それは人間の本質が痛快にえぐられたということ。ネガティブな暴力性は感じられないのだが。
指揮のエンリーコ・パガーノは古楽器を使用し、洗練されたフレージングに立体的なアーティキュレーションを組み合わせ、喜劇的な間合いを強調しながら軽やかに、かつ奥深く表現した。歌手はこのフェスティバルのボッテーガ(研修所)に所属する若者が中心で、平均レベルは高い。そんな中、「二人の男…」のガスパーロは、73歳の大歌手アレッサンドロ・コルベッリで、滑稽味を軽やかに醸し出しながら言葉が深く、フレージングはエレガントで、まさしく名人芸だった。
男性の狂乱が難しい「サン・ドミンゴ島の狂人」
11月29日は下町のドニゼッティ劇場で、1833年初演の「サン・ドミンゴ島の狂人」を鑑賞した。妻エレオノーラの不貞に理性を失ったカルデーニオは、サン・ドミンゴ島に辿り着いて孤独に暮らし、彼を助ける島の人にも攻撃的だ。やがて、夫の赦しを得たいエレオノーラも、弟の行方を追う兄のフェルナンドも島に漂着。カルデーニオは錯乱して断崖から飛び降りるが兄に救われる。妻を許せないカルデーニオは一緒に死のうと提案するが、妻は死ぬなら罪を犯した自分だと主張。だが、最後に2人は和解する——。
描かれるのは男の強烈な狂気だが、ジャンルはセミ・セリア(半分シリアス)で、レチタティーヴォは通奏低音の伴奏によるセッコ。カルデーニオの描かれ方は劇的だが、悲痛さを和らげるように、軽快な場面や滑稽な場面が自然にはさまれ、柔らかさや幻想性も随所に加わる。指揮のアレッサンドロ・パルンボはこれらを巧みに描き分けつつ、バランスをとった。
ルチアなど女性の狂気より男性の狂気のほうが心理学的にも粘性らしく(ヴェルディ「運命の力」のドン・カルロが想起される)、だからカルデーニオ役は難しい。新国立劇場の「セビーリャの理髪師」のドン・バルトロなどブッフォの役で鳴らしてきたパオロ・ボルドーニャが、明瞭な表現で狂気も、それが解消される過程も見事に伝えた。エレオノーラ役のニーノ・マチャイゼもレガートが叙情的美しさを湛え、装飾歌唱も適切で、劇的な表現にも不足なく、充実の歌唱だった。フェルナンド役のサンティアゴ・ヴァレリーニも、充実した声で紡ぐレガートがエレガントで、注目すべきテノールだと思わされた。
演出のマヌエル・レンガは錯綜した筋書きを、年老いた夫婦が回想するスタイルにして整理するとともに、痛ましい場面にも回想というクッションをあたえ、見る人に不快感をあたえなかった。
もう1演目の「カテリーナ・コルナーロ」は次回にリポートする。
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。










