特別インタビュー デビュー50周年を迎えるヴァイオリニスト 大谷康子

日本を代表するヴァイオリニストのひとりである大谷康子が来年、デビュー50周年を迎える。これを記念して1月10日、サントリーホールで「民族・言語・思想の壁を超えて未来に向かう音楽会」と題したコンサートを行う。コンサートは大谷と親交のある山田和樹の指揮、白井圭(元N響ゲストコンマス)をはじめとする彼女の薫陶を受けた音楽家たちが「大谷康子50周年記念祝祭管弦楽団」を編成し、こだわりのプログラムを聴かせる。そんな大谷が毎日クラシックナビのインタビューに応え、このコンサートに込めた思い、そして半世紀にわたる音楽家人生などについて語った。(宮嶋 極)

来年1月10日に開催する50周年記念コンサートに込めた思い

インタビューに終始丁寧な口調で答える大谷康子
インタビューに終始丁寧な口調で答える大谷康子

——50周年記念コンサートにかける思いをお聞かせください。

大谷 私は学生の頃から半世紀にわたって同じ思いでやってきました。音楽というのは人の心に入っていった時に目には見えないけれど、特別な思いになったり、勇気が湧いてきたり、皆が仲良くなったりできるものだとずっと信じてやってきたのです。周年記念だから、自分の得意な作品を弾いて、聴いていただくというコンサートではなく、私の音楽に対する思いを聴衆や演奏者の皆さんと共有する機会にできれば、と考えています。

——なぜ、そうした思いを抱くようになったのですか?

大谷 きっかけは8歳の時に、米国・ニューヨークの国連本部で演奏したことです。まだ、英語も話せない子どもだった私から見るとよく分からない外国の人たちが、私の演奏に大きな拍手をしてくださり、温かく迎え入れてくれた。言葉は通じなくても音楽は通じるのだということを目の当たりにしたあの時の体験が私の音楽に対する思いの原点でした。

——その後は?

大谷 2001年、米国同時多発テロ事件の時に私は東京交響楽団のヨーロッパツアーの途中で、トルコのイスタンブールに滞在していました。テロ事件が発生し、演奏会も中止ということになりかけたのですが、主催者の方が「トルコはちょうど東洋と西洋の間ですけれども、こういう時だからこそ、東も西もなく皆で音楽を通してひとつになろう」との意向を示してくださり、結局演奏会は開催できました。あの時、音楽を、ヴァイオリンをやっていて良かったなと強く感じました。


——2011年の東日本大震災の時にも思い出がおありとか?

大谷 被災地に伺ったことはもちろんですが、被災地や日本に対して人道支援してくださった各国の皆さんにお礼を申し上げたいと「ありがとうコンサート」を企画しました。30カ国ぐらいから関係者をお招きしたのですが、政治的には来ていただくのは難しいであろうと予想していた国の方も、演奏会場の一番前の席に座っていました。後でお聞きしたら「近くの国が大変なことになって、助けに行くっていうのは、当たり前です」と言ってくださいました。これも音楽だからこそと、涙が出ました。


——最近ではウクライナに関しても思いがあるそうですね。

大谷 はい。ウクライナのオーケストラ、当時はキエフ国立フィルハーモニー交響楽団と呼ばれていましたが、ご縁がありまして、まず日本ツアーのソリストを務めました。次に、ウクライナに来て演奏してほしいと言われまして、2017年から3年続けてウクライナで演奏しました。また彼らが来日した際には共演するという関係が続いていました。ところが新型コロナ・ウイルスの感染拡大、その後戦争が始まってしまって、今は日本と行き来できなくなってしまいました。昨年冬に、彼らが来日したので会いに行ったら「(戦争が)落ち着いたら、また来てね、待っているよ」と言ってくださいました。国や言葉の壁を超えたこうした体験は音楽だからこそ、皆がひとつになれるということの証(あかし)です。私が半世紀にわたってずうっと言い続けてきたこうした音楽の力について、聴衆の皆さんにもお伝えし、今の世界の状況で音楽は何ができるのか、何をすべきなのかを演奏者と聴衆の皆さんが共有できるコンサートにしたいと思っています。

キエフ(キーウ)国立フィルとの演奏風景 ©️Nobuo MIKAWA
キエフ(キーウ)国立フィルとの演奏風景 ©️Nobuo MIKAWA

音楽の力を演奏者と聴衆が共有することを目指したこだわりのプログラム

——大谷さんのこうした意図はコンサートのプログラムにも反映されているのですね。

大谷 そうですね。コンサートの前半は少しシリアスな感じです。というのは、やはり今の世界の状況を音で追う、作品から感じ取っていただきたいと考えました。後半で音楽は明るい未来を作ることができる、そうすべきだということを皆さんと共感できる作品を演奏しようと計画しました。1曲目、ラヴェルの「ツィガーヌ」は私の音色の特色が最も発揮しやすい作品とよく言われます。そこでサントリーホールに私のヴァイオリンの音だけが響き渡る、そこから私が言いたいことを感じ取っていただきたい。


——2曲目は?

大谷 ショスタコーヴィチの弦楽四重奏曲第8番ですが、「ファシズムと戦争の犠牲者の想い出に」という副題が付けられています。今お話したコンセプトの通りですね。私の中で弦楽四重奏という分野は大きな柱ですが、弦楽四重奏を演奏発表していくにはとても時間がかかります。4人でたくさん練習して、4人が一つの楽器にならないときちんと表現できません。ということもあり、私はずっと忙しい毎日を続けてきたのでクァルテットの誘いを断り続けていました。チェロの苅田雅治さんが5年間待ってくださったので、ようやく始めたわけですね。その活動で2010年に文化庁芸術祭の大賞を頂いたのが、当時の活動の三本柱のひとつであったショスタコーヴィチ全曲に取り組んだプロジェクトでした。


——3曲目がリヒャルト・シュトラウスのメタモルフォーゼン(変容)ですね。

大谷 この曲は戦時中に書かれた作品で、(精神性が)深い作品です。23人の弦楽器のソリストの編成ですから、私の生徒さんや若い仲間と一緒に山田和樹さんの指揮で演奏します。ここまでが今の世界の状況を皆さんと考えようという内容になっています。

デビュー50周年記念の特別コンサートのチラシ
デビュー50周年記念の特別コンサートのチラシ

——休憩後は?

大谷 今度は明るい未来を紡ぎましょうということで、クレンゲルの讃歌(ヴァイオリン合奏編曲版)です。原曲はチェロ12本のための曲ですが、これを萩森英明さんにお願いしてヴァイオリン用に編曲していただきました。本来は12人なのですが、生徒さんが多数出演するので倍の24人にして指揮者なしで演奏します。そして、最後はやはり「賛歌」という題名が付いています。世界各国地域の民族楽器と私がソリストで、オーケストラによる演奏になります。5つの国や地域の民族楽器と私のヴァイオリンとでは音域や音色も異なっていますが、それらの違いを乗り越えて皆が音でひとつになろうよ、というのがコンセプトですね。

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