デビュー40周年の小山実稚恵がサントリーホール・シリーズ Concerto「以心伝心」の最終章を語る
ピアニストの小山実稚恵サントリーホール・シリーズ Concerto「以心伝心」の4回目のコンサートが10月12日に開催される。チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番とラフマニノフのピアノ協奏曲第2番が演奏される今回で、このシリーズは最終章となる。
(取材/文:山田 治生 )

——今回で、ピアノ協奏曲によるシリーズConcerto「以心伝心」が最後となりますね。「以心伝心」に込めた意味を教えていただけますか。
小山 ピアノって、一人で演奏する作品も多いですし、基本、一人で何でもできる楽器です。学生時代に先生にいろいろ教えていただいたりもしましたが、本当に音楽を学ばせてもらったのは コンチェルト(協奏曲)だと思っています。コンチェルトの舞台を経験して、いろんな音楽を学びました。そこでせっかくのシリーズの機会ですから、コンチェルトがいいと思ったのです。「以心伝心」と銘打ったのは、コンチェルトというのは、指揮者とオーケストラが、合わせて弾くというのではなく、伝え合って、心が通じて演奏するものだと思っているからです。
1回目は、大野和士さん、東京都交響楽団とメンデルスゾーンの第1番とラフマニノフ第3番。大野さんは大学の同級生です。2回目がコバケン(小林研一郎)先生と日本フィルでベートーヴェンの第3番と第5番。3回目は広上淳一さんとNHK交響楽団で、モーツァルトの第27番とブラームスの第1番でした。
今回は、フェドセーエフさんとの予定でしたが(注:体調不良によりキャンセル)、ドミトリー・ユロフスキさんとになり、東京フィルにフェドセーエフさんのフレンズも加わって、チャイコフスキーの第1番とラフマニノフの第2番を演奏します。フレンズは、私がかつてモスクワ放送交響楽団やチャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラで弾いたときにいてくださった人たちです。

——今回のチャイコフスキーの第1番とラフマニノフの第2番についてお話しいただけますか。
小山 私が最初に海外でコンチェルトを弾いたのは、1982年のチャイコフスキー・コンクールの本選で、フェドセーエフさんの指揮でのこの2曲でした。というより、私は、チャイコフスキー・コンクールのときに、初めて外国でピアノを弾いたのでした。
コンクールの一次予選の前にピアノ選びがあって、こんなにピアノの音が良いのか、こんなにホールの音が美しく響くのかと、そのとき初めて知って、カルチャー・ショックを受けました。明らかに音の質、会場の雰囲気が違っていて、そこで音楽の本当の良さを体感してしまいました。
——チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番はどういう作品ですか。
小山 ピアニスティックなのですが、ある意味、テクニック的にも原始的というか、真っ向勝負でストレートとカーブだけでフォークとかはない(笑)、オーケストラとの受け渡しもすごく絶妙という感じでもないですけれども、コンチェルトの王者ですよね。
分かりやすくて、力があって、クライマックスへ途切れずに進み続けられる邁(まい)進力もあって、コンチェルトの主役だと思います。
——ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番はいかがですか。
小山 ラフマニノフは洗練の極みです。指の動きは縦横無尽。第2番は柄が大きいですよね。そして、オーケストレーションを気にしてピアノ・パートを書いています。チャイコフスキーなら書かないような、ピアニストへの細かい指示など、驚異的に配慮が行き届いています。また、第1楽章の冒頭の主題が第3楽章の何でもない和音に現れているなど、随所に作曲技法が散りばめられています。ラフマニノフは華麗で広いですよね。広大です。
——今回はデビュー40周年記念公演ですが、40年間はいかがでしたか?
小山 個人的には40年間は本当に早かったのですが、東日本大震災やコロナ禍があったことは、両方とも、自分の中では大きく思うところがありました。こういうどうしようもないものが世の中にはあるっていうのを強く思いました。
そのときに一番思ったのは、音楽をしているときだけでも嫌なことが忘れられる、そういう時間を作れるのが本当の音楽の意味だなということ。そこには絶対に真摯(しんし)に向き合わないといけないし、せっかく自分が音楽のそばで生きていられるというありがたすぎる状況だから、そこだけはちゃんとしたいと思っています。

——新録音を含むベスト・アルバムである「アルバム」を10月8日にリリースされますね。
小山 アルバムは、良いも悪いも含めて、その時々にあるもの。写真であれば、こういう写真であっても、見ると、そのとき何を思っていたかとか、後ろに何かいろんなことが見えてくるじゃないですか。CDのことをアルバムって言いますけど、「アルバム」っていうタイトルのCDがほしいなと思いました(笑)。人生のアルバム、自分の音楽のアルバムという意味です。
新録音が3曲入っていますが、ショパンが2曲とチャイコフスキーが1曲です。チャイコフスキーの「秋の歌」は、チャイコフスキー・コンクールの一次予選で弾いたりしたので、それこそ、思い出のアルバムのひとつです。私は、いつも新しいものを弾きたいと思っているのですが、新しく発見されたショパンのワルツイ短調も素敵(すてき)でいいなと思って入れました。マズルカは凝ったものを選びました。
——来年の予定を教えていただけますか。
小山 コンチェルトの次はソロ・リサイタルのシリーズをサントリーホールで予定しています。プログラムについてはベートーヴェンのソナタ、シューベルトの最後の3曲、ショパン、バッハの「ゴルトベルク変奏曲」などを考えています。あと、シューベルトの録音をしたいと思っています。もちろんいろんな共演や室内楽はありますが。
——最後に、今回の演奏会への抱負を語っていただけますか。
音楽って、その瞬間にならないとわからないし、そこにいないとわからない。想像はするものの、想像がつかない、それが演奏だと思います。いろんな要素がありますからね。わからないのがいいと思います。

小山 実稚恵 Michie KOYAMA
日本を代表するピアニストのひとり。チャイコフスキー、ショパン 両国際コンクール入賞後、常に第一線で活躍を続けている。協奏曲のレパートリーは60曲を超え、国内外の著名指揮者、オーケストラから指名を受けソリストを務めている。2016年度 芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した「12年間・24回リサイタルシリーズ」(2006年〜17年)や「ベートーヴェン、そして…」(2019年〜21年)が、その演奏と企画性で高く評価された。22年からはサントリーホール・シリーズ、Concerto「以心伝心」を開催してきた。これまでモスクワ放送響(現チャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ)、ベルリン響、ロイヤル・フィル、BBC響、ロッテルダム・フィル、シンフォニア・ヴォルソヴィア、ワルシャワ・フィル、モントリオール響などと、指揮者とはフェドセーエフ、テミルカーノフ、マリナー、小澤征爾らと共演している。ショパン、チャイコフスキー、ロン=ティボー、ミュンヘンなど、国際音楽コンクールの審査員も務める。 また東日本大震災以降は、被災地の学校や公共施設などで演奏を行い、仙台では被災地活動の一環として自ら企画立案し、ゼネラル・プロデューサーを務める「こどもの夢ひろば”ボレロ”」を開催。2005年度 文化庁芸術祭音楽部門大賞、2013年度 東燃ゼネラル音楽賞洋楽部門本賞、、2015年度 NHK交響楽団「有馬賞」、2015年度 文化庁芸術祭音楽部門優秀賞、2016年度 芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。2017年度には、紫綬褒章を受章。
公演情報
小山実稚恵デビュー40周年記念公演
小山実稚恵 サントリーホール・シリーズ Concerto「以心伝心」2025
10月12日(日) 16:00サントリーホール
ピアノ:小山 実稚恵
指揮:ドミトリー・ユロフスキ
東京フィルハーモニー交響楽団&フェドセーエフ・フレンズ
チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調Op.23
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調Op18
※コンサートの詳細は小山実稚恵 | アーティスト | 株式会社AMATI