初来日!注目のピアニスト、ソン・ミンス インタビュー

長年来日が待ち望まれていた韓国系米国人ピアニストのソン・ミンスが2025年1月、遂に日本上陸する。25日にサントリーホールで開催されるベートーヴェンピアノ協奏曲全曲演奏会で、第4番ト長調のソリストを務める。
日本ではスターピアニスト、イム・ユンチャンの師としてその名を知られるが、ソンの哲学的で詩的な音楽解釈、演奏の妙技は、米国や韓国、ヨーロッパ各地で絶賛されている。また、バッハ、ベートーヴェン作品の解釈と演奏における第一人者であり、これまでにバッハのゴルトベルク変奏曲、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全集を録音。2017年から4年かけて取り組んだベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲演奏会も注目を集めた。
ソンの音楽への深い洞察、教育者としての視点、そして音楽以外にインスピレーションを与えてくれる存在などについて、幅広く語ってもらった。
(取材・構成 野崎裕美)

1月に初来日するピアニストのソン・ミンスⒸShin-joong Kim_MOC
1月に初来日するピアニストのソン・ミンスⒸShin-joong Kim_MOC

記憶に刻まれている日本の音楽家、初めて訪れる日本への想い

私は学生時代の大半をボストンで過ごし、小澤征爾氏のボストン交響楽団での素晴らしいコンサートを数多く聴く幸運に恵まれました。ボストンに小澤氏がいた時代は、本当に特別でした。氏の芸術は、私の心に深く刻み込まれています。また、内田光子や諏訪内晶子など、日本の素晴らしい音楽家たちの演奏にも大変感動しました。

私が心の底から日本で経験したいと願っていることの一つは、日本のお寺にある禅庭園を訪れ、その静寂と時を超えた美しさに浸ることです。そしてもちろん、現田茂夫指揮者のもと、東京都交響楽団と、サントリーホールという伝説的なホールで演奏することは、忘れられない経験となるでしょう。

ベートーヴェン作品の魅力

ベートーヴェンの音楽や人生について学び、なぜ彼が偉大な作品を生み出すことができたのかを考察することは、私にとって絶え間ないインスピレーションの源になっています。
彼の音楽は、人生の賛歌、悲しみの挽歌、歓喜のディシラム(陶酔の象徴である酒の神デュオニソスを称える賛歌)であり、なおかつアポロンの神殿(秩序の象徴である太陽神アポロンの神殿で、古代ギリシャでは世界の中心と考えられていた)でもある。究極的には救済への賛美歌なのです。

「私の音楽で、魂に火を点けたい」と言って、ベートーヴェンは自身の作品に涙した人々に微笑みかけましたが、彼のメッセージは、あらゆるフレーズの中で澄み切った光のように輝き、心を震わせ、魂を清めます。
1月25日に演奏するピアノ協奏曲第4番は、「熱情」ソナタや交響曲第5番と同じ時期、中期の絶頂期に作曲された作品で、彼の革新的な才能を如実に示しています。この協奏曲は、冒頭から大胆でありながら温かい響きを奏で、神秘的で内省的なベートーヴェンの深淵を覗かせてくれます。

ベートーヴェンを演奏するためには、ベートーヴェン自身になる必要がある

かつて私の先生は「ベートーヴェンを演奏するためには、まず彼に仕え、そして彼を代表し、最終的には彼自身になる必要がある」と言いました。そのためには、演奏者は忍耐力と規律をもって楽譜を細部まで綿密に考察し、その芸術を深く理解しようと努めなければなりません。
ベートーヴェンの音楽は体系的で、建築のように構築されています。すべての音符とフレーズは意図を持って積み重ねられ、それぞれの要素が独自の理由と答えを持っているのです。バッハの音楽にも、同じような性質があります。私は、若き音楽家として、バッハとベートーヴェンの作品に畏敬の念を抱いていました。その複雑さと深さは、私の理解を超えるものでした。特にベートーヴェンは予測不可能で、常に期待を裏切るようなところがあり、彼の思考に深く没頭することは非常に困難だったのです。
真に卓越した人物のことを、通常の基準で理解し、判断することはできません。ピアニストにとって、ベートーヴェンを解釈することは、運命のようなもの。私たちは、学者のように証拠を集め、芸術家のように発見し、人間の生命の意味を探求する必要があります。そして彼が残した謎と奇跡の、終わりのない旅を受け入れなくてはならないのです。

魅力的な作曲家たちの、もっと評価されるべき協奏曲

伝統的な協奏曲のレパートリーは、私を含む多くの聴衆や演奏家に愛されていますが、いっぽうで、私は常にあまり演奏されない作品にも惹かれてきました。たとえば、フランクの交響的変奏曲、シューマンの序奏とアレグロ・アパッショナート、ラヴェルの左手のためのピアノ協奏曲、プロコフィエフのピアノ協奏曲第5番、バルトークの3つのピアノ協奏曲などです。これらの作品は、独特の美しさと深さを持ち、もっと評価されるべきだと心から思います。

「ピアニストにとって、ベートーヴェンを解釈することは、運命のようなもの」と、自身が時間をかけて取り組んできた作曲家への想いを語ったⒸShin-joong Kim_MOC
「ピアニストにとって、ベートーヴェンを解釈することは、運命のようなもの」と、自身が時間をかけて取り組んできた作曲家への想いを語ったⒸShin-joong Kim_MOC

ピアニストは俳優であり、預言者でなければならない

ピアノは奏者が想像するどんなものにもなり得る楽器です。その点で、ピアノ演奏には無限の可能性があります。私の先生はよく「ピアニストは俳優であり、預言者でなければならない」と言っていました。ピアノの前に座ったとき、私たちは、その瞬間の感情を体現すると同時に、聴衆を魅了するビジョンとカリスマ性を持ち合わせていなければなりません。ピアニストには「誇り」と「感受性」の両方が求められます。音楽の中に存在する「生きた天使」や「死んだ幽霊」に命を吹き込む能力、そして轟く雷鳴やハチドリの繊細な羽音などを呼び出す能力が必要です。
これらを結びつけるものは、私が〝禅的な偶然〟と呼ぶものです。ピアニストは音楽のあらゆるニュアンスと可能性に最大限の注意を払い、音楽的な疑問や問題に対するすべての解決策を探求せねばなりません。そうして初めて、演奏において真の自由を手に入れることができるのです。

音楽の伝道者として心に刻んでいる言葉、次世代のピアニストたちへ伝えたいこと

私たち現代人は、大量の情報に溢れ、断片的で衝動的、折衷的な文化の中で生きています。寛容さや忍耐力が欠如しているように感じることも少なくありません。そんな時代だからこそ、音楽は時代や世代を超えた、普遍的な人間の理想を示す、時を超えた指針であり続けているのです。そのことを、カントは美しい言葉で「私たちにとって最も重要なのは、頭上の星々、そして内なる道徳律」と述べています。
ジョセフ・キャンベル(米国の神話学者1904-1987)の言葉「Follow your bliss(あなたの喜びに従え)」も、非常に心に響きます。「最も大きな満足感と充実感をもたらしてくれるものを追求せよ」と告げていますが、これは使命ではなく私たちへの救済としての言葉です。
忘れてはならないのは、慈悲と思いやりの心が、人間において最も高い徳であるということです。音楽の伝道者として、私は品位と忠誠心を体現しなければなりません。これらの価値観、深い使命感は、私の師であるラッセル・シャーマンとファー・キョン・ビョンから受け継いだものです。私は、この遺産を次世代のピアニストたちへと引き継ぎ、音楽の世界に優雅さ、規律、そして人間性を継承していきたいと願っています。

ボストン・レッドソックスの大ファン!野球はインスピレーションの源

1995年から2004年にかけて、私はフェンウェイ・パーク(ボストンにある野球場)へ何度も足を運びました。2004年にレッドソックスがバンビーノの呪い(※)を打ち破った瞬間もその場にいました。あの時の興奮を一生忘れることはないでしょう。

また、松井秀喜選手がヤンキースに在籍していた頃の活躍は、今でも鮮明に覚えています。特にレッドソックスとの対戦では、打席に入るたびに相手チームを震え上がらせ、いつも何かをやってくれるような気がして、恐ろしいほどの存在でした。野茂英雄選手の芸術的なピッチングと、イチロー選手の天才的なプレーも忘れてはなりません。彼らは野球を新たな高みに引き上げ、野球の歴史に永遠にその名を刻みました。

そしていま、大谷翔平選手のような存在がいることは、日本の野球ファンだけでなく、世界中の野球ファンにとって、本当に幸運なことです。彼の素晴らしい活躍と多才さは、私たちすべてにインスピレーションを与えてくれます。

(※)ボストン・レッドソックスが1918年以降86年間もメジャーリーグのワールドシリーズで優勝できなかったのは、過去にトレードで放出された選手(ベーブ・ルース、通称バンビーノ)の「呪い」であるとするジンクス。

日本の皆さまと音楽で心を通わせたい

この度、ようやく日本を訪れることができ、皆さまの温かい歓迎と、長い間待ち続けてくださったことに心から感謝いたします。私の音楽を皆さまと共有できることを、大変光栄に思います。日本は、豊かな文化遺産と芸術の卓越性だけでなく、音楽や芸術に対する深い理解と敬意を持っている国として、私の心に特別な場所として刻まれています。

音楽という普遍的な言語を通して、皆さまと心を通わせ、共に素晴らしい時間を過ごせることを楽しみにしています。皆さまの情熱と応援が、私を大きく励ましてくれるように、私もまた、皆さまにインスピレーションと喜びを届けたいと思っています。

公演情報

ベートーヴェン ピアノ協奏曲全曲演奏会——全5曲一挙上演!——

2025年1月25日(土) 17:30サントリーホール

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲
第1番ハ長調Op.15:上原彩子(ピアノ) 
第2番変ロ長調Op.19:三浦謙司(ピアノ)
第3番ハ短調Op.37:吉見友貴(ピアノ)
第4番ト長調Op.58:ソン・ミンス(ピアノ)
第5番変ホ長調Op.73「皇帝」:横山幸雄(ピアノ)

指揮:現田茂夫
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

関連サイト:ベートーヴェン ピアノ協奏曲全曲演奏会 ―― 全5曲一挙上演! ―― | クラシック音楽事務所ジャパン・アーツクラシック音楽事務所ジャパン・アーツ

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