4年振り来日!ペトレンコ指揮ベルリン・フィル日本公演

凄演(せいえん)を披露したペトレンコ&ベルリン・フィル (C)Monika Rittershaus
凄演(せいえん)を披露したペトレンコ&ベルリン・フィル (C)Monika Rittershaus

4年ぶりに来日したベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の公演を振り返る。2019年にキリル・ペトレンコが首席指揮者に就任してから、来日するのは今回が初めて。新しいシェフの下でこのスーパー・オーケストラはどのように変貌したのか注目を集めた。取材したのは11月21日、ミューザ川崎シンフォニーホールにおけるプログラムAと23日、サントリーホールでのプログラムB。(宮嶋 極)

 

【プログラムA】

11月14日に高松市で日本公演がスタートして以来、絶賛のコメントが連日のようにSNSに投稿されるなど首都圏においてもその期待値はマックスの状態となり、ミューザのロビーも開演前からいつにも増して華やいだ雰囲気に包まれていたように映った。

 

1曲目、「モーツァルトの交響曲第29番」は冒頭から、これまでベルリン・フィル(BPH)から、あまり聴いたことのない種類の透明でデリケートなサウンドが紡ぎ出され、いきなり驚かされる。徹底した弱音のコントロールと繊細な表現は今回の来日公演全演目を通して、特に印象に残った変化である。また、室内楽のようにプレイヤー一人一人が能動的に弾き進めても、全体としては寸分の誤差も感じさせないアンサンブルに仕上がってしまうのはカラヤン時代から続くスタイルではあるが、ここに来て精密度が増したように感じた。

 

最弱音のコントロールによるダイナミックレンジの拡大は2曲目、16型4管の大編成を要するベルクの「オーケストラのための3つの小品」にも通底しており、弱音が微細にコントロールされればされるほど最強音の効果が増し、表現の幅も広がって聴こえる。約20分という短さながら調性が不明確で複雑な作りとなっているこの作品を、ここまで多様な表現と音量の幅をもって聴けたことはない。激しくも美しい凄演であった。

メンバーは高いアンサンブル力を備えた精鋭揃い (C)Monika Rittershaus
メンバーは高いアンサンブル力を備えた精鋭揃い (C)Monika Rittershaus

メインのブラームスは弦楽器を14型に減らしての演奏で、対位法など作品の構造美をつまびらかにすることが狙いのようなアプローチ。それでも地響きのような重点音がオケ全体の響きを支え、重厚で力強いサウンドが聴く者を圧倒する。アウフタクトを深く息を吸うようにタップリと処理するなど、いわゆるドイツの伝統的な音楽運びながら、そこから浮かび上がってきたのは深い情感というよりも、一層凄(すご)みを増したBPHの驚異的な合奏能力と個人技の雄弁さであった。当然、オケ退場後も拍手は鳴りやまず、ペトレンコが舞台に再登場し歓呼に応えていた。

 

【プログラムB】

リヒャルト・シュトラウスの「英雄の生涯」をメインにしたBプロ。1曲目はレーガーの「モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ」。「トルコ行進曲」で有名なモーツァルトのピアノ・ソナタ第11番第1楽章の主題をモチーフに原曲同様、バリエーション展開していく作品。変奏が進むにつれて複雑化していく曲想の変化を鮮やかに描き出して、作品の魅力を提示しているあたりにペトレンコの手腕が窺(うかが)える。

コンサートマスターの樫本大進 (C) Monika Rittershaus
コンサートマスターの樫本大進 (C) Monika Rittershaus

「英雄の生涯」はレーガーとは対照的に演奏される機会が多い。とはいえ、オケの機能を知り尽くしたシュトラウスは〝意地悪〟と言ってもいいくらい技術的に難しく書いてあって、楽団の力量が白日の下にさらされてしまう難曲ということもできる。

 

しかし、今のベルリン・フィルにとってこの程度は難曲とはいえないのであろう。あらゆる難所でも余裕すら感じさせる演奏で、凄まじいまでの力を誇示していく。この日コンマスを務めた樫本大進をはじめ、首席奏者たちのソロはいずれも豊かな音量を駆使して、多彩な表現が繰り出されていく。オケ全体も繊細なピアニッシモから地鳴りのような野太いフォルティシモまで、とてつもないダイナミックレンジをもって多様な音色を自在に使い分け、雄弁に音楽を進めていった。「英雄の戦い」でオケ全体が大音量を鳴らしている時でもヴィオラによる内声部が浮き上がってくるなど、室内楽を極限まで拡大させたような音楽の作り方はかつてバイロイト音楽祭でも驚かされたペトレンコならではのスタイルといえよう。これまで複数回、このオケの「英雄の生涯」を聴いているが、今回は最も高い完成度であった。この日もオケ退場後にペトレンコが舞台に呼び戻されるほど盛大な喝采が長く続いた。ただし、取材した両日ともにアンコールはなし。プログラムの曲に全力を傾注するというカラヤン時代のポリシーを踏襲しているのかもしれない。

 

「英雄の生涯」を聴いていて、現代のオケの演奏スタイルが確立して以降、個人技、合奏能力などいずれの面でもこれほどのレベルに達した指揮者とオケはなかったのではないか、と思えたほどであった。感嘆、驚嘆の連続ではあったが不思議となぜか、目頭が熱くなるような感激や感動を覚えなかったのも偽らざる筆者の感想である。

ベルリン・フィルは今回本公演のほか、若者を対象としたアウトリーチ・コンサートやアマチュア演奏家と共演するプロジェクト「Be Phil オーケストラ ジャパン」などの取り組みも行った (C) Monika Rittershaus
ベルリン・フィルは今回本公演のほか、若者を対象としたアウトリーチ・コンサートやアマチュア演奏家と共演するプロジェクト「Be Phil オーケストラ ジャパン」などの取り組みも行った (C) Monika Rittershaus

公演データ(取材公演)

【プログラムA】
11月21日(火)19:00 ミューザ川崎シンフォニーホール

指揮:キリル・ペトレンコ
コンサートマスター:ヴィネタ・サレイカ=フェルクナー

モーツァルト:交響曲第29番イ長調K.201
ベルク:オーケストラのための3つの小品Op.6
ブラームス:交響曲第4番ホ短調Op.98

【プログラムB】
11月23日(木・祝)14:00 サントリーホール

指揮:キリル・ペトレンコ
コンサートマスター:樫本 大進

レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガOp.132
リヒャルト・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」Op.40

宮嶋 極
宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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