尾高忠明とエルガー
大阪フィルの2025年シーズンの開幕公演では、満を持してエルガーのオラトリオ「ゲロンティアスの夢」を取り上げる。指揮はもちろん音楽監督の尾高忠明。英国エルガー協会が、演奏、研究を通してエルガー作品の普及に貢献した英国外の音楽家や研究者に贈呈しているエルガー・メダルを日本人として初めて授与されたのが尾高忠明だ。

大阪フィルとは音楽監督就任前からエルガーの作品、特に交響曲を積極的に取り上げてきた。過去の演奏記録を振り返ってみると、エルガー・メダルを1999年に授与される前年、1998年2月の第315回定期演奏会でのチェロ協奏曲(独奏:菅野博文)、エニグマ変奏曲から始まる。2002年10月の第362回定期では交響曲第1番、2008年1月の第414回定期演奏会では交響曲第3番(ペイン補筆版)、2010年1月の第434回定期演奏会では海の絵(独唱:重松みか)、交響曲第2番という具合だ。
2018年に第3代音楽監督に就任すると最初のシーズンから勝負曲、交響曲第1番を取り上げた。2019年1月の第524回定期演奏会でフェスティバルホールの大勢の聴衆を感動のるつぼに誘うと、翌週には第51回東京定期にてサントリーホールで披露した。第1交響曲は東京では既にいくつものオーケストラと演奏している。それでもこの作品を名刺代わりに演奏しようと考えた尾高は、過去に大阪フィルと取り組んだエルガー演奏による経験から自信を持って選曲したに違いない。
尾高が音楽監督に就任して2年で世の中はコロナ禍に突入したが、大阪フィルは常に大阪フィルらしく演奏活動を続けようと取り組んだ。その話はまた機会を改めるが、コロナ禍を脱しようとしていた2022年4月の557回定期演奏会で交響曲第2番を披露した。尾高の手の動きから醸し出される温かい響きに客席は再び深い感動に包まれた。終演後「次のエルガーはいつ?」との声を沢山いただいた。
大阪フィルは大阪フィルハーモニー合唱団という専属の合唱団を擁している。50年を超える歴史を持つ、とても意欲の高い合唱団だ。せっかくこの合唱団があるからにはエルガーの合唱曲の大作に取り組みたい。すると合唱団はぜひ「ゲロンティアスの夢」をやってみたいと言う。大阪フィル事務局長・福山修と合唱団代表恒成研は共にジョナサン・ノット指揮の東京交響楽団による「ゲロンティアス」を聴いていた。ぜひ、この作品を尾高の指揮で大阪で演奏したい、というのだ。しかし、尾高はすぐには「Yes」と答えなかった。合唱団がコロナ前のようにマスクを外して歌えるか、尾高が望む外国人歌手の招聘は可能か、などいくつものハードルを越える必要があった。合唱団のさらなる技術力の向上も求めた。


やがて「2025年のシーズンはエルガーをやろう。〝ゲロンティアス〟、交響曲第3番も」と言われた時は心底驚いた。尾高が定期に登壇するのは年間3回。そのうち2回でエルガーを取り上げるというのだ。世界的エルガー指揮者、尾高忠明の大阪フィルへの熱い思いを感じた。先に出ていた「ゲロンティアス」を演奏するための課題には一つずつクリアしていった。歌手も先の東京交響楽団での公演でゲロンティアスを歌ったマクシミリアン・シュミット、天使役にはバイロイト音楽祭にも参加するマリー=ヘンリエッテ・ラインホルト、司祭役をぜひ歌いたいと熱い言葉をくださった大山大輔と役者が揃った。昨年9月に尾高との共演によるベートーヴェンのミサ・ソレムニスで大きな成功を収めた福島章恭(合唱指揮)率いる大阪フィルハーモニー合唱団は好調をキープしながらさらにテンションを上げている。

この原稿を書いている3月中旬、尾高忠明は桂冠指揮者を務めるBBCウェールズナショナル管の客演のため渡英している。帰国するとすぐに来阪して、2週間大阪フィルと過ごす。蜜月を迎える尾高忠明と大阪フィル、合唱団によるエルガーの大作、どうかお聴き逃しのないように。
大阪フィルハーモニー交響楽団演奏事業部長 山口 明洋