大阪フィルの十八番、ブルックナーの名作を引っ提げて〝江戸へ討ち入り〟の気概で臨む東京定期演奏会
2025年2月18日に大阪フィルは第57回東京定期演奏会を開催します。指揮は音楽監督・尾高忠明で、尾高の大切なレパートリーである松村禎三の管弦楽のための前奏曲、大阪フィルの代名詞ともいえるブルックナーの交響曲から、交響曲第4番「ロマンティック」(ノヴァーク版 第2稿)を取り上げます。
第57回というとなかなかの回数だと思うので、大阪フィルの東京定期の歴史を少し紐解いてみよう。第1回は1962年3月17日、会場は東京文化会館。指揮は当時、大阪フィル専属指揮者を務めていた遠山信二だった。ブラームスの交響曲第4番をメインに据えていたが、前半のプログラムでは大栗裕作曲の「大阪俗謡による幻想曲」を取り上げている。作曲者の大栗裕は大阪フィルのホルン奏者であり、作曲家としても高い評価を得た人だ。この時に演奏した「大阪俗謡による幻想曲」は、吹奏楽の世界では大変有名だが、朝比奈隆が海外で指揮をする際に日本の作品を紹介するべく大栗に書かせた曲で、初演は大阪フィルの前身、関西交響楽団が行っている。朝比奈がベルリン・フィルに客演した際に、その楽譜をベルリン・フィルのライブラリーに献呈したため、大栗は記憶をもとにもう一度「大阪俗謡による幻想曲」を書いた。それ故に原曲と少し異なる部分が生じている。1962年の東京定期で演奏された「俗謡」はおそらくこの楽譜によるものだろう。後に大栗自身が改訂をして現在はその楽譜を使用しているので、1962年に東京で演奏された版で聴くことは現在では不可能だ。大栗裕の手書きの楽譜は大栗文庫として、大阪フィルが大切に保管している。
朝比奈隆が初めて東京定期の指揮台に立ったのは、1963年3月22日の第2回公演だ。会場は日比谷公会堂。この演奏会では独唱者に笹田和子を迎えている。笹田は大阪フィルの前身、関西交響楽団の第1回定期演奏会に独唱者として出演しており、その際にワーグナーを歌ったのだが、この東京定期でも「トリスタンとイゾルデ」から“愛の死”を披露している。
1970年台半ばからはライブ録音が残っており、朝比奈の溌剌(はつらつ)としたタクトによるマーラーなどを聴かれた方もいらっしゃるかもしれない。この頃の演奏を聴くとオーケストラの気迫が物凄く、「討ち入り」などと評されることもあったようだが、この気概は50年近く経った今でも変わらない、大阪フィルの伝統と言えるだろう。
時代が21世紀に入ると大阪フィルは2代目音楽監督に大植英次を迎え、就任後2シーズン目からは毎年、大植が東京定期の指揮台に立った(1度だけ体調不良でクラウス・ペーター・フロールに変更)。1990年代からはベートーヴェンとブルックナーがほとんどだったレパートリーを刷新。幻想交響曲、マーラーの5番、春の祭典、アルプス交響曲などの華やかな大作が並ぶが、大阪フィルの大切なレパートリー、ブルックナーの交響曲第7番、第9番も踏襲している。
大植英次の監督退任後は一時、東京定期が途絶えてしまったが、首席指揮者として3年目のシーズンを迎えた井上道義とショスタコーヴィチの11番、12番という壮絶なプログラムで復活。まさに「討ち入り」の壮絶な演奏となった。
そして2018年に第3代音楽監督として尾高忠明を迎えると、大阪フィルは東京定期のさらなる充実を目指していく。
就任最初のシーズンで尾高の十八番、エルガーの交響曲第1番を、翌年からはブルックナーの交響曲第3番を取り上げて、大阪フィルの新時代を高らかに歌い上げた。2021年2月の第53回はコロナ禍の影響により公演中止の憂き目にあったが、2022年2月の第54回からは再び毎年サントリーホールを訪れて、ブルックナーの交響曲を取り上げている。
大阪フィルは創立名誉指揮者朝比奈隆の薫陶を受けて、唯一のブルックナー演奏のDNAを有している。そして、ブルックナーを振りたくて指揮者になったという尾高忠明を音楽監督に迎えたからには、腰を据えてブルックナーに取り組むことは必然の流れだった。本拠地の大阪で第8番から始まったブルックナーの交響曲も、今回演奏する第4番を演奏することで、0番~9番まで全曲演奏が完結する。演奏頻度の高い第4番を取り上げるまでに、意図して他の番号の作品を先に演奏し、ブルックナー作品への理解を深めて来た。尾高の今回のプログラムへの思い入れは並大抵ではない。
尾高×大阪フィルの今をぜひ聴いていただきたい。在京オケとは異なる、大阪フィルの個性をお聴き逃しなく。
大阪フィルハーモニー交響楽団演奏事業部長 山口明洋
公演データ
大阪フィルハーモニー交響楽団第57回東京定期演奏会
2月18日(火)19:00 サントリーホール
指揮:尾高 忠明
大阪フィルハーモニー交響楽団
松村禎三:管弦楽のための前奏曲
ブルックナー:交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」(ノヴァーク版:1878/80年第2稿)
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。