「音楽の父」ヨハン・セバスティアン・バッハの作品がもつ魅力は無尽蔵。最近も、有力奏者による興味深い新譜が、次々と現れている。
<BEST1>
J・S・バッハ:無伴奏チェロ組曲(全曲)
上野通明(チェロ)
ラ・ドルチェ・ヴォルタ(キングインターナショナル)KKC-6598
<BEST2>
J・S・バッハ:ゴルトベルク変奏曲
ファジル・サイ(ピアノ)
ワーナー 5419.723396
<BEST3>
J・S・バッハ「クラヴィコード」
アンドラーシュ・シフ(クラヴィコード)
J・S・バッハ:カプリッチョ「最愛の兄の旅立ちに寄せて」、インヴェンションとシンフォニア、半音階的幻想曲とフーガ、ほか
ECM(ユニバーサルミュージック)UCCE-2100/1
コメント
バッハの無伴奏チェロ組曲は、チェリストにとって避けては通れない巨大な峰々のようなもの。奏者の挑戦意欲をかき立ててやまないが、演奏の様式感への対応力が厳しく問われるようになった昨今は、一段と扱いに神経のいる難物と化している。2021年のジュネーヴ国際コンクールを制した27歳の上野通明は、幼時からこの作品に親しんできたといい、堂々と最初の録音に臨んだ。
弦はガット弦、弓は現代のものを使用し、作曲年代に相応した配慮を尽くしつつも、演奏には窮屈さが、みじんもない。伸び伸びとノーブルに各組曲の持ち味を描き分け、ディテールへの目配りが細かい。舞曲性への意識や豊かな歌謡性には、作品となじんだ親密度が表れ、うわべに終わらない深い洞察がある。若い感性の発露に満ちた、みずみずしい全曲盤となった。収録中の彼に多くの霊感を与えたというドイツの教会での録音も、優れている。
鬼才ピアニストのファジル・サイは、ジャズ系の自作自演までこなす才人。「ゴルトベルク変奏曲」は、うってつけのレパートリーだ。コロナ禍で生まれた時間をたっぷり使って、待望のセッション録音に挑んだ。左手方向の強靱(きょうじん)なリズムは、まさにジャズに通じる躍動感を帯びる。鮮やかな歌い口を示す右手の多彩な技と相まって、この奏者ならではの説得力ある独自の境地を聴かせる。名曲に新たなページを開いた快演だ。
バッハの時代に自家用の鍵盤楽器として発達し、バッハ自身も好んだとされるクラヴィコード。その古雅な味わいを愛し、多くを学んだとするアンドラーシュ・シフが、楽器にふさわしい曲を厳選して2枚組のアルバムを作った。チェンバロとも異なる複雑な響きをまとった独特の音色を慈しみ、「インヴェンションとシンフォニア」など珠玉の曲集を丹念に弾き込んでいる。
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。