内容、規模ともに国内最大級の音楽フェスティバルとなった東京・春・音楽祭。毎日クラシックナビのレギュラー執筆陣の投票による2024年開催公演のベスト10でもリッカルド・ムーティによるイタリア・オペラ・アカデミー ヴェルディ「アッティラ」が1位に選ばれたことに加えて複数の公演が上位にランクされるなど充実の度を深めている。そこで今年も同音楽祭の芦田尚子事務局長に2025年の聴きどころ、観どころを紹介していただいた。
(取材・構成 宮嶋 極)
——東京・春・音楽祭(東京春祭)の公演の大きな柱となっているのが演奏会形式によるオペラの全曲上演です。国際的に活躍する指揮者、歌手を軸にNHK交響楽団や読売日本交響楽団など在京のオーケストラや合唱団によるステージは年々練度が上がり高い評価を得ています。
芦田 東京春祭のオペラ公演はこれまで、コンサート形式で長く開催してきました。今年は東京春祭ワーグナー・シリーズvol.16としてマレク・ヤノフスキさんの指揮、NHK交響楽団の演奏で、「パルジファル」を取り上げます。この作品、実は2回目となります。オペラのシリーズ第1回目(2010年)は「パルジファル」でした。そしてプッチーニ・シリーズvol.6として今、ボローニャ市立劇場などで活躍しているオクサーナ・リーニフさんを指揮者に迎えて「蝶々夫人」を上演します。オーケストラは読売日本交響楽団です。もうひとつは今年がヨハン・シュトラウスⅡ世の生誕200年なので、今、素晴らしいコンビネーションを発揮していらっしゃるジョナサン・ノットさんと東京交響楽団をお招きして「こうもり」を今年のオペラ・シリーズの最終公演に予定しています。

——ワーグナー・シリーズは、この音楽祭の大きな柱のひとつですが、今年の特色を教えてください。
芦田 今回もヤノフスキさんに指揮をしていただきますが、彼はこの2月で86歳になりました。ご本人は〝残された音楽家人生の中で立って指揮できるのはそんなに長くはないだろう〟とお考えのようです。マエストロご自身も年齢を考えると、大きな作品を日本で演奏することについては、ご自分の中である程度のシナリオ(先の計画)をお持ちです。そういう意味でも「パルジファル」は長大な作品であり、日本で指揮するのは恐らく今回が最後となるだろうと心に決めていらっしゃるようなので、私たちもマエストロの思いを大切にしていきたいと考えています。
——「パルジファル」のキャストについてもご紹介をお願いします。
芦田 マエストロの思いを受けて私たちも長い期間をかけて準備してきましたので、非常に充実した歌手たちが集まりました。アムフォルタスはクリスティアン・ゲルハーヘルさん、題名役は昨年のワーグナー・シリーズにも出演したステュアート・スケルトンさん、今、世界的に注目を集めているタレク・ナズミさんがグルネマンツを歌うなど、錚々(そうそう)たるメンバーが集まります。

——昨年、ヤノフスキの推せんでN響のゲスト・コンサートマスターとしてメトロポリタン歌劇場のベンジャミン・ボウマンが出演し注目されましたが、今年のコンマスはどなたが務めますか?
芦田 マエストロとオーケストラが相談した結果、今年は郷古廉さん(N響第1コンマス)がコンマスを務めることになりました。郷古さんは昨年、ボウマンさんの隣で弾いて(経験を積み)マエストロから厚い信頼を得ています。

——プッチーニ・シリーズの「蝶々夫人」の注目点は?
芦田 まずは指揮のオクサーナ・リーニフさんですね。彼女はこれまで、ボローニャ市立劇場と来日したことはありますが、日本で読響さんのような大きなオーケストラと共演するのは初めてとなり、彼女自身、それをとても楽しみにしています。
——ウクライナ出身のリーニフは2021年のバイロイト音楽祭で女性としては初めて指揮台に立った実力派ですね。ドミトリー・チェルニャコフ演出の「さまよえるオランダ人」を21年から昨年まで4年にわたって指揮しています。
芦田 バイロイトにおいて女性で初めて指揮したということから、一躍注目を集めました。しかし、それだけではなくて、現在のボローニャ市立劇場での音楽監督(2022年1月~)のポジションを維持できているのもそれだけの実力と経験があるからこそで、私たちもとても期待しています。

——歌手については?
芦田 蝶々夫人はクロアチア出身のソプラノ、ラナ・コスさんが歌うことになっています。彼女はリーニフさんの推薦もあって、お招きすることにしました。ピンカートン役は当初、ジョシュア・ゲレーロと発表していましたが、都合で来日できなくなり、ピエロ・プレッティさんに交代しました。非常に素晴らしいテノールだと聞いています。過去にはムーティさんとも何度か共演しています。以前よりムーティさんから推薦を受けており、以前、プッチーニ・シリーズの「トスカ」で出演を予定していたのですが、体調不良のため来日ができなくなり、そういう意味ではこのシリーズへのリベンジという形になり、私たちもスケジュールがうまく合って良かったな、と感じています。また、シャープレス役の甲斐栄次郎さんはウィーンでこの役をずうっと演じてきた実績があり、脇を固めるキャストも含めて盤石の布陣だと自負しています。

——今年の東京・春・音楽祭の大とりを飾るのはジョナサン・ノット指揮、東響の「こうもり」となります。
芦田 ノットさんと東響によるリヒャルト・シュトラウスのオペラ、そしてそれ以前のモーツァルトの歌劇の演奏会形式上演のシリーズはいずれも高い評価を得ていたので、東京春祭でもと考えて、受けていただけるかどうか分かりませんでしたが、オケを通してオファーをしたところ、マエストロご自身が〝それは面白そう〟と興味を示してくださり、話がトントン拍子に進みOKをいただけました。音楽監督とオーケストラとの関係が非常に良い状態から作り出されるアンサンブルをお届けできることは私たちにとっても本当に楽しみです。
——「こうもり」のキャストについてもお聞かせください。
芦田 アイゼンシュタイン役のアドリアン・エレートさん、ロザリンデを歌うヴァレンティーナ・ナフォルニツァさんらヨーロッパ、特にウィーンやミュンヘンを中心にこの作品をかなり歌っている人たちが集まってきますので、歌手間のアンサンブルも楽しんでいただけるかと思います。

——ノット指揮、東響のオペラの演奏会形式のシリーズでは歌手は直立で歌うのではなく、ある程度、演技や動きがつけられていました。
芦田 ノットさんご自身がかなり意欲的に臨んでおられるので、ステージを作っていく上でも歌手たちもおのずと前向きになっていくことが予想されます。そして、ウィーン国立歌劇場で年末年始に上演される「こうもり」の(定番プロダクションを演出した)オットー・シェンクの演出助手というか、シェンクが演技指導できなくなって以降、再演演出を担当しているリリ・フィッシャーさんという女性がちょうどこの時期スケジュールが空いているので、ここで誰が舞台上に登場したらよいのかなどの交通整理のようなことをやってくださいます。(構成という肩書で参加)その意味ではノットさんと東響(によるオペラ・シリーズ)のスタイルに近い形になるかもしれませんね。
——ノットの東響の音楽監督の任期は来年で満了となりますが、東京春祭とノットの関係が成立したことで、来年以降も何かできるといいですね。
芦田 来年は東京文化会館が改修工事のため使用できなくなるという問題がありますが、何かチャレンジングなことができるきっかけになれば面白いですよね。


みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。