国際的にも有名な教育音楽祭、パシフィック・ミュージック・フェスティバル札幌は、ことしで33回目。活動状況や現地での演奏会に関しては、すでに当サイトでもリポート済み。残ったのが、毎回、締めくくりとして行われてきた東京公演だ。今回はPMF初登場となったデンマーク出身の名匠、トーマス・ダウスゴーに率いられて、アカデミー生74人+指導者1人(ホルンのアンドリュー・ベイン、ロサンゼルス・フィル)が、サントリーホールの舞台に立った。コロナ禍の影響もあって、参加者は少なめだ。
曲目はメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調作品64と、ブルックナーの交響曲第9番ニ短調の第4楽章補筆完成版。興味を引くのは、作曲家が遺したスケッチなどを基に、終楽章を4人の研究者が演奏可能な形にまとめ上げた後者(2012年版)だろう。実演の機会は少なく、熱心な愛好家が詰めかけた。
メンデルソーンで独奏を務めたのは、このところ急速に評価を高めている金川真弓。ベルリンで生まれ、日本、米国で育ち、ベルリンのハンス・アイスラー音楽大学を卒業した国際派だ。2018年にはロン=ティボー国際音楽コンクールで第2位入賞を果たした。
今回のメンデルスゾーンでも、芯の強い張りがある音色を駆使して、甘さを排した毅然(きぜん)とした表情や、凜(りん)とした気品を提示。ちょっとしたパッセージにも考え抜かれた目配りを聴かせた。ドイツに根のある、掘りが深いアプローチで名品を洗い直してみせたのが心強い。
ダウスゴーは昔日、PMFの創設者、レナード・バーンスタインのマスタークラスに出た経験があり、その遺訓を継ぐ役割も担う。BISレーベルにスウェーデン室内管と大量の録音を残すなど、小編成オーケストラの扱いにも長じている。メンデルスゾーンでは清楚(せいそ)で、すっきりしたバックを披露した。
ブルックナー晩年の交響曲であれば大編成の楽団を思い浮かべるが、この日のPMFオーケストラは、弦楽セクションが第1ヴァイオリンから13-11-9-7-5人と、小ぶりな変則12型。少なめの弦に対し、舞台上段のホルン・セクションには奏者がずらりと並び、視覚的にも作品の特徴を思い知らされた。
練習時には細部までみっちり指導したのだろうが、本番でのダウスゴーの指揮は、流れを重視した巨匠風。厳格にキューを出してディレクションを示すより、アンサンブルの自発的な推進力を尊重し、流動感が高い。テンポは速く、頻繁に揺れ、スリムな運動性が前面に出た。演奏法のメソッドや出自がまちまちなアカデミー生にとっては、合奏の精度などの対応が難しかったに違いない。いっぽう、対向配置をとる弦楽器群のテクスチュアが薄い分、その奥に陣取る管楽器の各声部がくっきり浮かび、思わぬパッセージが強調されるなど、ダウスゴーの解釈が生きる部分もあった。
3楽章版ならじっくり盛り上がるアダージョは、あっさり20分ほどで通過。緊張をはらんだ導入部で始まるフィナーレは、曲の構造がよく分かる力演となった。上記のような傾向は、時に「想像の産物」でもある補筆完成版の弱点を拡大することにもなったが、これまで耳にできなかった、最晩年のブルックナーの頭の中で響いていたであろう音の大伽藍(がらん)を、実際に会場で体験できた意義は大きい。PMF初参加のダウスゴーの下、演奏ができたアカデミー生にとっても、今後の音楽家人生に向けて貴重な経験となったことだろう。
公演データ
8月1日(火)19:00 サントリーホール
指揮:トーマス・ダウスゴー
ヴァイオリン:金川真弓
管弦楽:PMFオーケストラ
メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲ホ短調Op.64
ブルックナー:交響曲第9番ニ短調(第4楽章補筆完成版)
第1~3楽章 コールス校訂版(オーレル及びノヴァーク校訂版による。2000年)
第4楽章 サマーレ、フィリップス、コールス、マッツーカによる補筆完成版 (2012年)
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。