エリアス弦楽四重奏団のべートーヴェン・サイクル~サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン

初来日にしてベートーヴェンの弦楽四重奏曲サイクルを行ったエリアス弦楽四重奏団 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール
初来日にしてベートーヴェンの弦楽四重奏曲サイクルを行ったエリアス弦楽四重奏団 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール

室内楽を気軽に楽しめるサントリーホールの恒例企画「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン」が6月3日から18日まで行なわれた。デュオから室内楽編曲を奏する大人数の室内楽編成までのさまざまな室内楽の中から、クラシックナビが注目したのはエリアス弦楽四重奏団によるベートーヴェン・サイクル。その様子を、深瀬満氏にレポートしていただく。

サントリーホールの6月恒例「チェンバーミュージック・ガーデン」では、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲演奏会が核をなす企画のひとつ。毎回、世界中から、この重たいサイクルを踏破できる団体を見つけてくるのは、さぞかしご苦労なことだと想像する。

 

ことし登場したのは、英国のエリアス弦楽四重奏団。1998年にマンチェスターの王立ノーザン音楽大で結成されたというから、4半世紀の歴史を持つベテランだが、来日は今回が初。本国ではロンドンの名門、ウィグモア・ホールでその全曲演奏会を敢行し、全集CDまで作ったというから、かなりの実力派だ。実際、ナチュラルな感覚にあふれる、滑らかなベートーヴェン像を聴かせていた。

 

サイクルとして予定されたコンサートは計6回。初日と、長めの2曲を並べた1回以外は、いずれも初期(作品18)、中期、後期の各年代から1曲ずつ選び出す構成となった。しかも第13番は、終楽章が「大フーガ」の日と、新たに作曲し直された「アレグロ」の日で計2回、披露するという周到さ。これらのうち4回を会場で聴くことができた。

 

女性3人、男性は第2ヴァイオリンひとりというメンバーのうち、第1ヴァイオリンのサラ・ビトロックとチェロのマリー・ビトロックは姉妹。この二人が形づくるフレームの中で、第2ヴァイオリン(ドナルド・グラント)とヴィオラ(シモーネ・ファン・デア・ギーセン)がきっちり内声部を支え、緊密なアンサンブルを織りあげていく。ヴィオラの鋭いアイ・コンタクトが、時に流れを引き締めた。各奏者の技量は確かで、安心してハーモニーに身を任せることができた。

左から、サラ・ビトロック(第1ヴァイオリン)、ドナルド・グラント(第2ヴァイオリン) 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール
左から、サラ・ビトロック(第1ヴァイオリン)、ドナルド・グラント(第2ヴァイオリン) 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール

各回を通じて共通した特徴は、しなやかな律動感をベースにした流面形のフォルム。テンポは概して速めで、よどみなくフレージングが流れ、リズミカルな弾力性に富む。無用にエッジを効かせない自然な風合いの一方、ここぞという場所に絞り込んでノン・ヴィブラートを効果的に援用するなど、さすが難曲群を手の内に収めた団体らしい解釈が、大きな説得力を発揮していた。若手の団体にありがちなエキセントリックな強調や鋭角な力みなしに、楽聖が心血を注いだ傑作の内実を引き出した。

 

こうした特質がもっともプラスに発揮されたのは、中期の作品だった。第11番「セリオーソ」(5日)は、いかにもという威圧感なく、さらさらと進み、しなやかに疾走する合奏に耳が吸い寄せられた。最終日(14日)の第10番「ハープ」では歯切れ良い推進力を保つリズムに乗せられ、第1楽章の躍動感やフィナーレのスタイリッシュな運びに幸福感を味わった。

 

小ぶりな演奏会場(ブルーローズ)の特性を計算して、大ホールでは出せない弱音を繰り出すクレバーな作戦も。第13番で名高い第5楽章のカヴァティーナでは、中間部で第1ヴァイオリンが、あえぐように旋律を紡ぐ場面で、思い切って音量を落として、聴き手をぐっと引き込んだ。2回あった同作品の演奏では、短いアレグロ楽章の初回(5日)が造形を重視した端整な仕上がりだったのに対し、「大フーガ」付きの最終日(14日)は、終楽章の前まで、より自在感を増した草書風の感触。奏者が曲間のトークで「戦いの場」と表現した「大フーガ」では、集中度の高い意志的な切り込みが展開されたが、やはり聴き手に過度な緊張を強いることはない。むしろ終結部で長調に転じてからの軽みを、喜々として表出していくあたりに、この団体の本質がみえた。

 

ただ、第8番「ラズモフスキー第2番」(12日)の緩徐楽章などで情念が希薄になったり、演奏機会が少ないと思われる初期の第2番(5日)で一部の奏者がふらついたりといった出来事は、過酷な長丁場ゆえの現象だったのかもしれない。伝統的なベートーヴェン解釈のごつごつした手応えや、近年の先鋭な風潮とは一線を画した、より自然体の円滑なベートーヴェン像はユニーク。他の作曲家の作品も、ぜひ聴いてみたい個性的なカルテットだ。

左から、シモーネ・ファン・デア・ギーセン(ヴィオラ)、マリー・ビトロック(チェロ) 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール
左から、シモーネ・ファン・デア・ギーセン(ヴィオラ)、マリー・ビトロック(チェロ) 撮影:飯田耕治 提供:サントリーホール

公演データ

サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン「エリアス弦楽四重奏団 ベートーヴェン・サイクル」

6月3日(土)19:00 サントリーホール ブルーローズ

ベートーヴェン:
弦楽四重奏曲第1番ヘ長調Op.18-1
弦楽四重奏曲第3番ニ長調Op.18-3
弦楽四重奏曲第15番イ短調Op.132

6月5日(月)19:00 サントリーホール ブルーローズ *

弦楽四重奏曲第2番ト長調Op.18-2
弦楽四重奏曲第11番ヘ短調Op.95「セリオーソ」
弦楽四重奏曲第13番変ロ長調Op.130 第6楽章は「アレグロ」を演奏

6月7日(水) 19:00 サントリーホール ブルーローズ *

弦楽四重奏曲第5番イ長調Op.18-5
弦楽四重奏曲第9番ハ長調Op.59-3「ラズモフスキー第3番」
弦楽四重奏曲第14番嬰ハ短調Op.131

6月10日(土) 19:00 サントリーホール ブルーローズ

弦楽四重奏曲第12番変ホ長調Op.127
弦楽四重奏曲第7番ヘ長調Op.59-1「ラズモフスキー第1番」

6月12日(月) 19:00 サントリーホール ブルーローズ *

弦楽四重奏曲第6番変ロ長調Op.18-6
弦楽四重奏曲第16番ヘ長調Op.135
弦楽四重奏曲第8番ホ短調Op.59-2「ラズモフスキー第2番」

6月14日(水) 19:00 サントリーホール ブルーローズ *

弦楽四重奏曲第4番ハ短調Op.18-4
弦楽四重奏曲第10番変ホ長調Op.74「ハープ」
弦楽四重奏曲第13番変ロ長調Op.130「大フーガ付」

* 取材日)

サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン特設ページ
https://www.suntory.co.jp/suntoryhall/feature/chamber2023/

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深瀬 満

ふかせ・みちる

音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。

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