新国立劇場の開場25周年記念公演として再演されたフランコ・ゼッフィレッリ演出によるヴェルディの歌劇「アイーダ」のステージについて報告する。取材したのは初日、4月5日の公演。(宮嶋 極)
イタリアの人気演出家フランコ・ゼッフィレッリ(1923~2019)による「アイーダ」は新国立劇場の開場記念公演の一環として1998年1月にプレミエ上演された人気プロダクションである。ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場をもしのぐような巨大でコージャスな舞台装置と、そこで繰り広げられる大スペクタクルはオペラの楽しみ方のひとつをストレートに提供してくれるものであり、再演は今回で5度目となるが、何度見ても圧倒されるステージである。その人気は衰えることなく今回7回の公演が行われたが、いずれも満席の大盛況。各幕、そして終演後のカーテンコールでは客席から大喝采が沸き起こっていた。
オペラの本場ヨーロッパでは読み替え演出が主流となっている現在、作品本来の世界観やそこに込められた作曲家のメッセージがストレートに伝わってくる、こうしたプロダクションは世界中を見渡しても少なくなっている。筆者は読み替え演出を否定する立場ではないが、すべてのオペラが読み替え演出一辺倒になってしまうと、作品本来の魅力を劇場で生体験する機会がなくなり、オペラのファン層拡大には決してプラスには作用しないのではないかと危惧してしまう。何事にも通じることではあるが、特に芸術の分野ではさまざまな考え方やスタイルが混在してこそ、健全な発展が望めるのではないだろうか。「アイーダ」を取り巻くある種の高揚を眺めていて、そんなことを考えてしまった。
さて、今回の上演の内容である。再演演出を粟國淳が担当し、登場人物の心理に寄り添った動作や表情付けが練り直されていたように見えた。またこれは法的、あるいは技術的な問題かもしれないが、第1幕の終わり、メンフィスにある火の神の神殿の場面で、以前は実際に火が燃やされていたと記憶しているが、今回、燭台はあったものの火は使用されていなかった。さらに第3幕、ナイル川の岸辺の場面もプレミエ時には舞台上に多量の水が注入されていたが、今回はなかったように見えた。いずれも大きな変更ではないが、四半世紀の時の流れによる変化にも思えた。
イタリア出身の指揮者カルロ・リッツィは全体にやや速めのテンポで過度に情感を込めたりすることなく音楽を進めていく。リッカルド・ムーティによる濃密な「仮面舞踏会」を聴いた直後だったこともあり、やや〝淡泊〟にも感じた一方で、勢いに任せることなくオーケストラの内声部を丁寧に扱うなどして、音楽の隠れた魅力に光を当て、作品に内在する多様な可能性を引き出そうと努めているようにも映った。
題名役のセレーナ・ファルノッキアとラダメスのロベルト・アロニカはともに序盤はエンジンがかかりきっていない様子だったが、上演が進むにつれて調子を上げていき、第3幕以降はドラマに即した起伏のある歌唱と演技を披露した。アムネリスを演じた米国出身のメゾ、アイリーン・ロバーツは豊かな声量を使って、アイーダに対する嫉妬心から権力をちらつかせて圧力をかける意地悪な王女というよりは、この役の善なる部分の表出に重きを置いた役作りであった。終演後、客席1階上手ブロックの14、15列目に陣取った彼女の応援団(関係者)が立ち上がって大歓声を送っていたのも、いかにも米国的でほほ笑ましかった。また、アモナズロ役の須藤慎吾、ランフィスの妻屋秀和ら日本人歌手たちも水準を十分に満たす歌唱を聴かせてくれた。
前述したとおり終演後の喝采はかなり盛大なものでなかなか鳴りやむことはなかった。観客・聴衆をここまで楽しませることができるプロダクションは決して多くはないだろう。ちなみに「アイーダ」とともに開場記念として制作・上演されたのは團伊玖磨の「建・TAKERU」(97年10月、團伊玖磨・星出豊指揮、西澤敬一演出)、ワーグナー「ローエングリン」(同11月、若杉弘指揮、ヴォルフガング・ワーグナー演出)であったが、現在残されているのは「アイーダ」のみである。新国立劇場の大切なレパートリーとして長く残すべきプロダクションであることは、客席の反応からも明らかであろう。
公演データ
4月5日(水)18:00、8日(土)14:00、11日(火)14:00、13日(木)14:00、16日(日)14:00、19日(水)18:00、21日(金)14:00 新国立劇場オペラパレス
ヴェルディ:歌劇「アイーダ」(全4幕、イタリア語上演、字幕付き)
指揮:カルロ・リッツィ
原演出・美術・衣装:フランコ・ゼッフィレッリ
照明:奥畑 康夫
振付:石井 清子
再演演出:粟國 淳
舞台監督:斉藤 美穂
合唱指揮:三澤 洋史
アイーダ:セレーナ・ファルノッキア
ラダメス:ロベルト・アロニカ
アムネリス:アイリーン・ロバーツ
アモナズロ:須藤 慎吾
ランフィス:妻屋 秀和
エジプト国王:伊藤 貴之
伝令:村上 敏明
巫女:十合 翔子
バレエ・ソリスト:植田 穂乃香、清水 愛恵、キム・セジョン
バレエ:東京シティ・バレエ団、ティアラこうとうジュニアバレエ団
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。