3月15~21日まで、新国立劇場でオッフェンバックの「ホフマン物語」が再演された。フィリップ・アルローが手掛けた幻想的な舞台に気鋭のレオナルド・カパルボ(ホフマン)、名うてのバス・バリトン、エギルス・シリンスが立った公演の様子を、音楽ライターの柴田克彦さんにレポートしていただく。
フィリップ・マルロー演出・美術・照明による新国立劇場のオッフェンバック「ホフマン物語」の初日に足を運んだ。2003年に始まったこのプロダクションも今回が5回目のお目見え。それゆえ演出面をクローズアップする必要はないと思われるが、色使いの妙をはじめアイディアに富んだ舞台で実に洒落(しゃれ)ている。以前も観ていながら終始新鮮に感じられたのは、優れた舞台であることの証しだろう。なお、版の問題がつきまとう作品だが、このプロダクションでは、いわゆるエーザー版と他の版を適宜組み合わせた独自の形がとられている。
アルローは、この作品のポイントを「『偉大なる死』と、それがもたらす新しい生命」だと述べている。今回まずそのコンセプトを力まずして実践したのは、指揮のマルコ・レトーニャ。東京交響楽団ともども派手さや重層感こそないものの、音楽ドラマとしての抑揚を的確に抑え、各幕の性格をナチュラルに描き分けた。中でもアルロー演出のコンセプトを象徴する(=歌わなければ魂が死んでしまう)アントニアの幕を1つのピークに設定し、全体の流れの中での同幕の戦慄(せんりつ)性を緊密かつ迫真的に表出していた点が特筆される。
ホフマン役のレオナルド・カパルボは、えぐるような(?)歌い回しに好悪あろうが、声も容姿も同役に合っており、その哀歓を説得力十分に表現。悪役4役のエギルス・シリンスも、各役に即したすごみを発揮し、存在感抜群だった。女声陣では、安井陽子のオランピアのチャーミングな歌唱&演技が光り、木下美穂子のアントニアの〝どこか病んだ美声〟も本演出にフィットしていた。他の日本人歌手勢と新国立合唱団も皆好演。いくつか挙げれば、アントニアの母(ステッラと2役)の谷口睦美のクールな恐怖感漂う歌唱、スパランツァーニの晴雅彦と、フランツ他4役を受け持った青地英幸の味のある演唱が、本作ではこれまでになく印象的だった。
トータルでみれば充実した舞台で満足度も高い。昨年来、プレミエ演目で目覚ましい成果をあげている新国立劇場だが、レパートリー上演のクオリティ維持(あるいは向上)も見逃せない要素。本上演は、そのよき一例だったといえるだろう。
公演データ
全5幕(フランス語上演/日本語及び英語字幕付)
3月15日(水)18:30、17日(金)14:00、19日(日)14:00、21日(火・祝)14:00
新国立劇場 オペラパレス
指揮:マルコ・レトーニャ
演出・美術・照明:フィリップ・アルロー
衣裳:アンドレア・ウーマン
振付:上田 遙
再演演出:澤田康子
舞台監督:須藤清香
ホフマン:レオナルド・カパルボ
ニクラウス/ミューズ:小林由佳
オランピア:安井陽子
アントニア:木下美穂子
ジュリエッタ:大隅智佳子
リンドルフ/コッペリウス/ミラクル博士/ダペルトゥット:エギルス・シリンス
アンドレ/コシュニーユ/フランツ/ピティキナッチョ:青地英幸
ルーテル/クレスペル:伊藤貴之
ヘルマン:安東玄人
ナタナエル:村上敏明
スパランツァーニ:晴 雅彦
シュレーミル:須藤慎吾
アントニアの母の声/ステッラ:谷口睦美
合唱指揮:三澤洋史
合唱:新国立劇場合唱団
管弦楽:東京交響楽団
しばた・かつひこ
音楽マネジメント勤務を経て、フリーの音楽ライター、評論家、編集者となる。「ぶらあぼ」「ぴあクラシック」「音楽の友」「モーストリー・クラシック」等の雑誌、「毎日新聞クラシックナビ」等のWeb媒体、公演プログラム、CDブックレットへの寄稿、プログラムや冊子の編集、講演や講座など、クラシック音楽をフィールドに幅広く活動。アーティストへのインタビューも多数行っている。著書に「山本直純と小澤征爾」(朝日新書)。