記念碑的な快演 ノット&東京交響楽団 演奏会形式「サロメ」

前列左からミカエル・ヴェイニウス(ヘロデ)、ターニャ・アリアーネ・バウムガルトナー(へロディアス)、アスミク・グリゴリアン(サロメ)、トマス・トマソン(ヨカナーン)、ジョナサン・ノット (C)N.Ikegami/TSO
 モーツァルトのダ・ポンテ三部作でオペラのコンサート形式上演をグッと近いものにしてくれたジョナサン・ノットと東京交響楽団が、新たにR・シュトラウスをテーマにコンサート・オペラのシリーズを始動した。その第1作、「サロメ」に取り組んだ11月20日(日) サントリーホールの公演を、音楽ジャーナリストの深瀬満さんにレポートしていただきます。
 

 
 競争が激しさを増す在京オーケストラ界にあって、ジョナサン・ノットと東京交響楽団は他をしのぐ強い一体感を示している。良好な関係がもたらす芸術的成果も相次ぐ。新たに始まった「R・シュトラウス コンサート・オペラ」は好例で、初回の「サロメ」は記念碑的な快演となった。
 
 成功の要因はもちろんコンビの充実した演奏だが、それに加え、優れた歌手陣、演奏会形式ながら、きちんと仕込んだ演出と、それぞれの要素が高いレベルに達し、「サロメ」という作品を味わい尽くすのに必要十分な条件がそろった点にある。新型コロナウイルス禍がいまだ終息しないなか、大掛かりなプロジェクトを実現させた事務局の功績も、称賛されるべきだろう。
 
グリゴリアン演じる妖艶なサロメ (C)N.Ikegami/TSO
グリゴリアン演じる妖艶なサロメ (C)N.Ikegami/TSO

 極大に膨れあがった編成を舞台へフルに載せ(これも少し前は不可能だった)、弦楽器は対向配置、6本のホルンは中央上段で横一列に並んだ。指揮台の周囲には4脚のパイプ椅子がばらばらに置かれ、歌手の動きで重要な役割を果たした。作品の勘所を知る名歌手、サー・トーマス・アレンの演出プランは周到だった。

 

 題名役のソプラノ、アスミク・グリゴリアンはリトアニア出身。近年はザルツブルク音楽祭でこのサロメ役、バイロイト音楽祭では「さまよえるオランダ人」のゼンタ役で評判をとるなど、頭角を現している。強靱(きょうじん)な声でスタミナもあり、咆哮(ほうこう)するオーケストラを背にパワフルな歌唱を貫いた。こうしたドラマティック・ソプラノの資質を全開にする一方、衛兵隊長ナラボートを誘惑したり預言者ヨカナーンの首に口づけしたりするシーンでは、リリカルで妖艶な歌い口を聴かせ、表現の幅が広い。父ヘロデに「ヨカナーンの首をよこせ」とねだる場面では、指揮台わきの椅子にふてくされて座りこみ、芸達者なところもみせた。

 

 題名役の力演で、他の主要な役も引き締まった。サロメの無謀な要求に慌てるヘロデのミカエル・ヴェイニウス、神経質で意地の悪い王妃ヘロディアスのターニャ・アリアーネ・バウムガルトナーは、共に余裕ある役作り。深い井戸にいるはずのヨカナーン(トマス・トマソン)は舞台後方Pブロック最上段に、残響効果を狙って登場。指揮台わきへ引っ張り出したサロメに言い放つ「お前は呪われている」に、ダークなすごみがあった。昨今の状況下では歌手の緊急交代は不可避なところ。日本側キャストで複数の変更が発生したが、ナラボートの代役、岸浪愛学は好演し、舞台を冒頭から盛り上げた。

オーケストラと歌手陣による巧みな場面表出 (C)N.Ikegami/TSO
オーケストラと歌手陣による巧みな場面表出 (C)N.Ikegami/TSO

錯綜(さくそう)したスコアの処理にかけては名うての達人であるノットは、終始、見通し良くオーケストラをリード。沸騰しそうな音楽が放つ怖さや衝撃度、前衛性まで、まざまざと見せつけ、練達の解釈にほとほと感心した。東響も集中度の高い熱演で応えた。「7つのヴェールの踊り」では歌手陣を引っ込め、オーケストラを主役にしたのは演出面の見識だろう。

ノット&東響のアグレッシブな姿勢は、在京オーケストラ界にいい刺激を与えている。足かけ10年という長期政権のメリットが、しっかり結実しているのは頼もしい。

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深瀬 満

ふかせ・みちる

音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。

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