極大に膨れあがった編成を舞台へフルに載せ(これも少し前は不可能だった)、弦楽器は対向配置、6本のホルンは中央上段で横一列に並んだ。指揮台の周囲には4脚のパイプ椅子がばらばらに置かれ、歌手の動きで重要な役割を果たした。作品の勘所を知る名歌手、サー・トーマス・アレンの演出プランは周到だった。
題名役のソプラノ、アスミク・グリゴリアンはリトアニア出身。近年はザルツブルク音楽祭でこのサロメ役、バイロイト音楽祭では「さまよえるオランダ人」のゼンタ役で評判をとるなど、頭角を現している。強靱(きょうじん)な声でスタミナもあり、咆哮(ほうこう)するオーケストラを背にパワフルな歌唱を貫いた。こうしたドラマティック・ソプラノの資質を全開にする一方、衛兵隊長ナラボートを誘惑したり預言者ヨカナーンの首に口づけしたりするシーンでは、リリカルで妖艶な歌い口を聴かせ、表現の幅が広い。父ヘロデに「ヨカナーンの首をよこせ」とねだる場面では、指揮台わきの椅子にふてくされて座りこみ、芸達者なところもみせた。
題名役の力演で、他の主要な役も引き締まった。サロメの無謀な要求に慌てるヘロデのミカエル・ヴェイニウス、神経質で意地の悪い王妃ヘロディアスのターニャ・アリアーネ・バウムガルトナーは、共に余裕ある役作り。深い井戸にいるはずのヨカナーン(トマス・トマソン)は舞台後方Pブロック最上段に、残響効果を狙って登場。指揮台わきへ引っ張り出したサロメに言い放つ「お前は呪われている」に、ダークなすごみがあった。昨今の状況下では歌手の緊急交代は不可避なところ。日本側キャストで複数の変更が発生したが、ナラボートの代役、岸浪愛学は好演し、舞台を冒頭から盛り上げた。
錯綜(さくそう)したスコアの処理にかけては名うての達人であるノットは、終始、見通し良くオーケストラをリード。沸騰しそうな音楽が放つ怖さや衝撃度、前衛性まで、まざまざと見せつけ、練達の解釈にほとほと感心した。東響も集中度の高い熱演で応えた。「7つのヴェールの踊り」では歌手陣を引っ込め、オーケストラを主役にしたのは演出面の見識だろう。
ノット&東響のアグレッシブな姿勢は、在京オーケストラ界にいい刺激を与えている。足かけ10年という長期政権のメリットが、しっかり結実しているのは頼もしい。
ふかせ・みちる
音楽ジャーナリスト。早大卒。一般紙の音楽担当記者を経て、広く書き手として活動。音楽界やアーティストの動向を追いかける。専門誌やウェブ・メディア、CDのライナーノート等に寄稿。ディスク評やオーディオ評論も手がける。