関西を代表する2つのオーケストラ、大阪フィルハーモニー交響楽団と京都市交響楽団の5月定期演奏会を聴いた。大阪フィルは16日、フェスティバルホールでの公演、ドイツでオペラを中心に活躍するゲオルク・フリッチュの指揮で、オール・ドイツ・プログラム。一方の京都市響は翌17日、京都コンサートホールでの700回目の記念定期。指揮とピアノはハインツ・ホリガー。同響が40年前に初演した武満徹の「夢窓」やシューマンの交響曲第1番などが演奏された。両公演についてそれぞれリポートする。
(宮嶋 極)
大阪フィルハーモニー交響楽団 第588回定期演奏会
指揮のゲオルク・フリッチュと大阪フィルは今回が初共演。当サイト「ウチのイチ推し」に寄稿された同フィルの山口明洋演奏事業部長の原稿によると23年に神奈川フィルとの共演で演奏されたブラームスの交響曲第2番の評判を聞き招へいしたそうだ。フリッチュは1963年、ドイツ・マイセン生まれ。チェリストとしてキャリアをスタートさせ、後に指揮者に転向。ドイツの地方のオペラ劇場で経験を積み重ね、現在はカールスルーエのバーデン州立歌劇場音楽総監督などを務める傍ら、シュトゥツガルト州立歌劇場やザクセン州立歌劇場(ドレスデン国立歌劇場)など名門劇場やオーケストラに客演するなどして、頭角を現しつつある中堅指揮者。こうした経歴から見ると今では珍しくなった劇場叩き上げ型のマエストロといえる。

そんなフリッチュの手腕は1曲目、ウェーバーの「オイリアンテ」序曲から明快に伝わってきた。派手さはないものの作品の構造感を前面に打ち出した音楽作りは、20世紀の巨匠指揮者たちを想起させてくれるような風格を示すものであった。長身のフリッチュの指揮姿を客席から見ていると、その質実剛健な音楽作りと相まって40年以上前に聴いたオイゲン・ヨッフムを彷彿とさせるものがあった。2曲目はフランスの名匠ミシェル・ダルベルトをソリストにシューマンのピアノ協奏曲。テンポを揺らしながら情感あふれるダルベルトのピアノに対して、フリッチュの指向する音楽は少し異なっているようにも映ったが、そこはオペラの匠だけにソロを引き立てながらオケをリードする術(すべ)を発揮して活発なアンサンブルを組み立ててみせた。盛大な喝采に応えてダルベルトが自ら編曲したリヒャルト・シュトラウスの4つの最後の歌から「眠りにつくとき」をアンコール。オケ・パートをピアノで、声楽部分をコンサートマスターの崔文洙がヴァイオリンで奏でるという粋なものであった。

後半はリヒャルト・シュトラウスの「ドン・ファン」と交響的幻想曲「影のない女」。後者は原作であるオペラと同じ4管の大編成バージョン(ペーター・ルジツカ編)を採用。複雑な和声進行の作品ではあるが、大音響の部分でも混濁させることなく美しい響きを構築するあたりは、オーケストラ・ビルダーとしての確かな手腕を感じさせるものであった。冒頭から登場する「カイコバートの動機」をはじめ主要モティーフを内声部で鳴っているときでもクリアに聴かせるあたりもオペラ指揮者として作品を熟知していることが窺えた。こうしたフリッチュのち密な音楽作りに、重心の低い安定したアンサンブルで応えた大阪フィルの充実の演奏に、同オケの礎(いしずえ)を築いた朝比奈隆による〝ドイツ音楽の伝統〟が今もなお、息づいていることを確認することができた。

京都市交響楽団 第700回定期演奏会
京都市響の5月定期は第700回の節目の公演であった。こうした記念公演ではコーラスなどが入った大編成の大曲を取り上げることが多い(同響も600回目まではベートーヴェンの第9やマーラーの交響曲第3番などを演奏してきた)が、そうしたステレオ・タイプのやり方にこだわらず、楽団の現在・過去・未来を見据えた個性あふれるプログラムで、臨んでいたことも興味深かった。
その現在、という面では指揮者のハインツ・ホリガーの自作の作品を冒頭にもってきたことであろう。オールド・ファンには世界のトップ・オーボエ奏者のイメージが強いホリガーだが、近年は指揮者、作曲家としての活動に重心を移している。今回は自作である「エリス—3つの夜の小品」のピアノ版とオーケストラ版をそれぞれ披露。ホリガーがいきなりピアノを弾き始め、その見事な腕前に驚かされた。最初にピアノ版で聴いた上でオケの演奏を聴いてみると調性のない現代音楽の複雑な構造がより分かりやすく伝わってくると同時に、難易度の高い楽譜に対応する現在の京都市響の実力を示すものでもあった。

過去は武満徹の「夢窓(ドリーム/ウインドウ)」。この曲は京都信用金庫が創立60周年を記念して3人の作曲家に委嘱し創作された作品のひとつで1985年9月に小澤征爾指揮、京都市響によって初演されている。同オケでは初演から20年後の2005年にも再演しているなど楽団の歴史を彩る重要なレパートリーでもある。初演時に武満本人が書いたプログラム・ノートによると「この曲で、私は京都をどのように描こうと考えたか?(中略)京都という土地柄は、進取の機運と頑(かたくな、※原文のまま)な保守性が共存して、東京と大阪とはまた違ったダイナミズムを秘めているように思われる。静けさの底に、変化の歯車が休むことなく動いている。私の京都に対するイメージの根幹は、こうした相反するものの相克であり、この時、夢窓という名は、これを表わすまたとない象徴に思えた」(定期演奏会プログラム誌より一部引用)という。少数のアンサンブルをオケが取り囲むような演奏形態で、武満の言葉のとおり静寂の中に独特のエネルギーを感じさせる作品で、ホリガーと京都市響はメモリアル公演にふさわしい美しさを感じさせる演奏に仕上げていた。
未来はシューマンの交響曲第1番「春」。プレトークに登場した松井孝治楽団長(京都市長)と企画担当者によると、春のように未来に向かって楽団がさらに羽ばたいていくという意味が込めているそうだ。演奏は速めのテンポで、弦楽器のヴィブラートを少なめにした現代感覚にあふれたアプローチ。躍動感にあふれ、未来に向かってさらに飛躍していくとの思いが十分に表現された快演であった。

公演データ
大阪フィルハーモニー交響楽団 第588回定期演奏会
5月16日(金)19:00、17日(土)15:00 フェスティバルホール
指揮:ゲオルク・フリッチュ
ピアノ:ミシェル・ダルベルト
管弦楽:大阪フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:崔 文洙
ウェーバー:歌劇「オイリアンテ」序曲
シューマン:ピアノ協奏曲 イ短調 Op.54
リヒャルト・シュトラウス:交響詩「ドン・ファン」Op.20
リヒャルト・シュトラウス:交響的幻想曲「影のない女」Op.65
ソリスト・アンコール
リヒャルト・シュトラウス(ダルベルト編):4つの最後の歌より「眠りにつくとき」
ラフマニノフ(シューベルト):どこへ
京都市交響楽団 第700回定期演奏会
5月17日(土)14:30 京都コンサートホール
指揮&ピアノ:ハインツ・ホリガー
管弦楽:京都市交響楽団
コンサートマスター:会田 莉凡
ホリガー:エリス ―3つの夜の小品(ピアノ独奏版&管弦楽版)
ホリガー:2つのリスト作品のトランスクリプション ―「灰色の雲」「不運」
武満徹:夢窓 (初演40周年/京都信用金庫創立60周年記念委嘱作品)
シューマン:交響曲第1番 変ロ長調Op.38「春」

みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。