今年2月に小澤征爾が亡くなってから初となるセイジ・オザワ松本フェスティバル(OMF)が8月9日から9月4日までの間、長野県松本市で開催されている。OMFの今後を展望する上で重要な年となるが、ブラームスの交響曲ツィクルスを指揮する予定のアンドリス・ネルソンスが直前に出演をキャンセルするピンチに見舞われた。そうした中で今年のOMFを支えたのが首席客演指揮者に就任した沖澤のどかである。彼女が指揮したオーケストラ・コンサートのA、Bプログラムを2回に分けて振り返る。(宮嶋 極)
【サイトウ・キネン・オーケストラ コンサートAプログラム】
取材したのは初日の10日、キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)での公演。Aプロは沖澤の首席客演指揮者就任のお披露目となるコンサート。
この曲目構成を最初に見た時、後半のリヒャルト・シュトラウスの2曲、交響詩「ドン・ファン」と「4つの最後の歌」の曲順について、演奏効果の観点からは逆にした方がよいのではないかと思った。ところが、歌詞の意味を踏まえながら実際の演奏を聴いてみると今回はこれが正解であり、自らの死を覚悟した小澤がサイトウ・キネン・オーケストラ(SKO)のメンバーと聴衆に贈った最後のメッセージであるかのように心に響いたからである。80歳を超えたシュトラウスが、死への予感をヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフの詩「夕映えのなかで」に仮託し作曲した管弦楽付き歌曲であるが、小澤もまた作曲者と同じようにこの作品に死を目前にした思いを込めたのかもしれない。
独唱は南アフリカ出身のドラマティック・ソプラノ、エルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー。余力を残す感じで必要以上に声を張ることなく、ひと言ひと言を掘り下げるかのような歌唱をSKOは深い呼吸感を伴った演奏で支えた。3曲目「眠りに就く時」の矢部達哉コンサートマスターのソロもしみじみとした情感を呼び起こす秀逸さで、ヒーヴァーの歌唱に絶妙に寄り添うものであった。そして4曲目「夕映えのなかで」は、プログラムを組んだ時に小澤が心の中で見ていたであろう、美しい夕景を沖澤のタクトのもと、小澤の長年の仲間であるSKOメンバーが万感の思いを胸に再現したのであった。
これに先立つ「ドン・ファン」はSKOのスーパー軍団ぶりが存分に発揮された快演。特にオーボエのフアン・ペチュアン・ラミレス(ベルリン・ドイツ・オペラ管首席)とホルンのヨルグ・ブリュックナー(ヴァイマール フランツ・リスト音大教授)によるタップリと歌い込んだ雄弁なソロは圧巻であった。
一方、1曲目のメンデルスゾーン「夏の夜の夢」では沖澤のセンスが光った。弦楽器を14型にして、内声部をしっかりと聴かせることで、室内楽的なアンサンブルの妙味が浮き彫りになっただけでなく、劇音楽ならではの表情の変化も巧みであった。特に楽器が加わっていくにつれてハーモニーが細やかに変化していった点などは、沖澤の非凡さを感じさせるものであった。また、この曲でコンマス席に座ったのは元N響コンマスの白井圭。俊敏さを感じさせるボウイングとリードは沖澤の目指す音楽とマッチしているように映った。さらに開演前、白井が先頭で舞台に登場したのも小澤さんが元気だったころのSKOのスタイルを思い出させてくれるもので、好感が持てた。
公演データ
セイジ・オザワ 松本フェスティバル2024
〇 オーケストラ コンサート Aプログラム
8月10日(土)15:00、11日(日)15:00 キッセイ文化ホール(長野県松本文化会館)
指揮:沖澤 のどか(OMF首席客演指揮者)
ソプラノ:エルザ・ヴァン・デン・ヒーヴァー
管弦楽:サイトウ・キネン・オーケストラ
コンサートマスター
:白井 圭(夏の夜の夢)
:豊嶋 泰嗣(ドン・ファン)
:矢部 達哉(4つの最後の歌)
メンデルスゾーン:「夏の夜の夢」Op.61より序曲、スケルツォ、間奏曲、夜想曲、結婚行進曲
リヒャルト・シュトラウス
:交響詩「ドン・ファン」Op.20
:「4つの最後の歌」〝春〟〝9月〟〝眠りに就く時〟〝夕映えのなかで〟
みやじま・きわみ
放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。