音の絵巻物、ソリスト&首席奏者の活躍~1月の在京オケ 読響、N響編

ソヒエフが客演したN響の1月定期より。1月をもって第一コンサートマスターを退任した篠崎史紀(左手前)やオーボエの名手、吉井瑞穂(中央)の姿も 写真提供:NHK交響楽団
ソヒエフが客演したN響の1月定期より。1月をもって第一コンサートマスターを退任した篠崎史紀(左手前)やオーボエの名手、吉井瑞穂(中央)の姿も 写真提供:NHK交響楽団

 1月に東京で開催されたオーケストラ公演のリポート、初回は読売日本交響楽団とNHK交響楽団。読響は首席客演指揮者の山田和樹が、N響もコロナ禍前までの数年にわたって毎シーズンのように客演していたトゥガン・ソヒエフがABCすべてのプログラムを指揮した。(宮嶋 極)

【山田和樹指揮 読売日本交響楽団】

 山田が指揮した3つのプログラムのうち、イーヴォ・ポゴレリッチをソリストに迎えたラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、チャイコフスキーのマンフレッド交響曲などの日曜マチネーシリーズのロシア・プログラム、そしてリヒャルト・シュトラウスのアルプス交響曲をメインに据えた定期演奏会の2公演を取材した。

 まず、ポゴレリッチとの共演から振りかえってみよう。会場の東京芸術劇場に着くと開演前にもかかわらずホールからピアノの音が。ポゴレリッチ・ファンにはお馴染みの光景だが、普段着の彼がステージ上のピアノで指慣らしをしていた。それは開演ギリギリになって係に促されるまで続いた。鬼才と呼ばれるポゴレリッチだが、一風変わったこの光景を見ただけで聴衆は彼の世界へと引き込まれる感覚に襲われる。

 演奏は全体にかなり遅めのテンポながら、それが時おり大きく揺れる。また、音の強弱の幅が広く、普段は聴こえないような左手のアルペジオが浮き上がってくるなど、彼ならではの変化に富んだ世界が繰り広げられていく。こうしたピアノに山田は実に柔軟に寄り添っていく。少しのほころびもなく推進力を失わずにソロを支えていく山田の指揮ぶりはやはりただ者ではない。

読響のマチネーシリーズでソリストを務めたイーヴォ・ポゴレリッチ (C)読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
読響のマチネーシリーズでソリストを務めたイーヴォ・ポゴレリッチ (C)読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

 メインのマンフレッド交響曲は、つかみどころに乏しいこの作品にそれなりのまとまりを持たせ、うまくヤマ場を作っていくあたりの手腕もなかなかのものである。読響の美しいサウンドを生かして、ロシア的な抒情性もうまく表現されていた。

 定期演奏会で取り上げたアルプス交響曲も大編成のオケが全開になっても混濁させることなく、複数のモティーフの連なりを見通しよく整理して〝音の絵巻物〟を見るような格調高い演奏に仕上げていた。バンダ(別動隊)のホルンは舞台裏からではなく、2階正面の客席の外側から吹かせ、雄大な音場を作る効果を生み出していた。アルプス交響曲のように複雑に作られている作品を山田のような力のある指揮者で聴くと今の読響、本当にきれいな音がするなあとつくづく感心してしまう。

 前半の矢代秋雄の交響曲は演奏機会が少なくなっている日本の作品の魅力を紹介していく山田の取り組みの一環。西洋音楽に日本的なリズムを組み入れた面白さがあり、私を含めて初めて聴く人も十分に楽しむことが出来たのではないか。山田のこうしたチャレンジ、日本の楽壇にとっても意味あるものと感じた。

山田和樹は1月の首都圏でのプログラムの他、福井や富山でも読響のタクトを振った (C)読売日本交響楽団 撮影=藤本崇
山田和樹は1月の首都圏でのプログラムの他、福井や富山でも読響のタクトを振った (C)読売日本交響楽団 撮影=藤本崇

【トゥガン・ソヒエフ指揮 NHK交響楽団1月定期公演】

 ソヒエフがN響定期の指揮台に立ったのは2019年10月以来のこと。コロナ禍前の数年にわたって毎シーズンのように客演し、多くの名演を披露するなど両者の相性は良い。今回はドイツ(Aプロ)、ロシア(C)、フランスもの中心(B)の3つのプログラムで、ソヒエフなりのやり方でN響の持つ多様性を引き出してみせた。

 Aプロはブラームスのピアノ協奏曲第2番とベートーヴェンの交響曲第4番で両曲とも変ロ長調というのも面白い。偶然ではなく意識しての選曲であろう。コンチェルトのソリストは中国出身のハオチェン・チャン。2009年に行われた第13回ヴァン・クライバーン国際コンクールで辻井伸行とともに第1位に輝いたことをきっかけに国際的活躍を続けている新鋭。これまでは他の中国出身のピアニスト同様にスーパー・テクニックを誇示するような印象が強かったが、今回は作品とN響の性格に合わせたのか地にしっかりと足を付けた質実剛健な雰囲気のピアノを聴かせた。こうした独奏に対してN響首席陣もソロイスティックな演奏で応え、特に第3楽章、チェロ首席(藤森亮一)とのやりとりは深みを感じさせる秀逸なものとなった。さらにこの日のオーボエ首席(エキストラ)はマーラー・チェンバー・オケやルツェルン祝祭管などで活躍する吉井瑞穂。ソロ部分などでの際立つ音色と表現力は休憩時のロビーでも話題となっていたほどの抜きんでた実力を発揮していた。

Aプログラムでソリストを務めたハオチェン・チャン 写真提供:NHK交響楽団
Aプログラムでソリストを務めたハオチェン・チャン 写真提供:NHK交響楽団

 後半のベートーヴェンは重心の低いN響のサウンドをうまく生かした端正なアプローチで作品の魅力を掘り下げるような演奏であった。

なお、取材した15日の公演がマロさんこと篠崎史紀の第1コンサートマスターとしての最後の出演となった。長年、N響の顔として演奏会での存在感に加えてテレビ出演などでも多くのファンを持つ篠崎だけに4月からは特別コンサートマスターの肩書で一定回数出演を続けるそうだ。終演後、4月からゲストコンサートマスターに就任する郷古廉から花束が贈呈され、その傍らでソヒエフも盛んに拍手を送っていた。篠崎の貢献を讃える客席の拍手はオケ退場後も鳴り止まず篠崎がステージに呼び戻されるなど、その人気の高さをうかがわせる光景が繰り広げられた。

 また、Cプロのチャイコフスキー交響曲第1番では弦楽器セクションの厚く力強い響きに管楽器の表情豊かなソロが加わり、濃厚で燃焼度の高い演奏が繰り広げられた。さらにBプロではシャルル・デュトワの音楽監督時代にN響が獲得した華やかで色彩的なハーモニーを引き出すなど、そのオケに合わせたソヒエフのサウンド作りの巧みさを印象付けた。終演後、客席の拍手はオケ退場後も鳴り止まず、ソヒエフがステージに再登場し喝采に応えていた。

公演データ

【読売日本交響楽団】

指揮:山田 和樹

 〇日曜マチネーシリーズ

1月8日(日)14:00 東京芸術劇場コンサートホール

ピアノ:イーヴォ・ポゴレリッチ
コンサートマスター:小森谷 巧
チャイコフスキー:「眠りの森の美女」からワルツ
ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調Op.18
チャイコフスキー:マンフレッド交響曲ロ短調Op.58

 

〇定期演奏会

1月19日(木)19:00 サントリーホール

コンサートマスター:長原 幸太
矢代 秋雄:交響曲
リヒャルト・シュトラウス:アルプス交響曲Op.64

【NHK交響楽団1月定期公演】

指揮:トゥガン・ソヒエフ

〇Aプロ

1月14日(土)18:00、15日(日)14:00 NHKホール

ピアノ:ハオチェン・チャン
コンサートマスター:篠崎 史紀
ブラームス:ピアノ協奏曲第2番変ロ長調Op.83
ベートーヴェン:交響曲第4番変ロ長調Op.60

 

〇Cプロ

1月20日(金)19:30、21日(土)14:00 NHKホール

コンサートマスター:白井 圭
ラフマニノフ:幻想曲「岩」Op.7
チャイコフスキー:交響曲第1番ト短調Op.13「冬の日の幻想」

 

〇Bプロ

1月25日(水)19:00、26日(木)19:00 サントリーホール

ヴィオラ:アミハイ・グロス
コンサートマスター:白井 圭
バルトーク:ヴィオラ協奏曲(シェルイ版)
ラヴェル:「ダフニスとクロエ」組曲第1番、第2番
ドビュッシー:交響詩「海」

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宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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