パッパーノ音楽監督との集大成 英国ロイヤル・オペラ日本公演

セルバンの手による「トゥーランドット」は色彩溢れる豪華な舞台装置による演出もみどころのひとつ (C)Kiyonori Hasegawa
セルバンの手による「トゥーランドット」は色彩溢れる豪華な舞台装置による演出もみどころのひとつ (C)Kiyonori Hasegawa

6月に行われた英国ロイヤル・オペラの東京公演を振り返る。同オペラの来日は2019年以来5年ぶりのことで今回が4回目。また、2002年から音楽監督を務めてきたアントニオ・パッパーノの任期中最後のツアーとなり、パッパーノ時代22年間の総決算を披露する場ともなった。なお、今回の上演作品、ヴェルディ「リゴレット」(英国ロイヤル・オペラ 2024年日本公演 ジュゼッペ・ヴェルディ「リゴレット」| CLASSICNAVI)、プッチーニ「トゥーランドット」(英国ロイヤル・オペラ 2024年日本公演 ジャコモ・プッチーニ「トゥーランドット」| CLASSICNAVI)ともに香原斗志氏による速リポをアップしているので、本稿では別の視点から報告したい。(宮嶋 極)

【オリヴァー・ミアーズ演出 ヴェルディ「リゴレット」】

取材したのは6月22日、神奈川県民ホールにおける初日の公演。パッパーノ時代の総決算、その初日とあって彼の気迫が上演全体を目に見えない大きな力でまとめ上げているかのような一体感を感じさせるステージであった。
ミアーズ演出による「リゴレット」はコロナ禍以降、同劇場が最初(2021年)に世に問うた出しもので、ロイヤル・オペラの〝今〟を象徴しているプロダクションといえる。譜面もパッパーノの意向で、慣習的にカットされていた部分を復活させるなどした新校訂版が採用されていた。それだけに、パッパーノも任期の締めくくりのツアーにこの演目を取り上げたかったのであろう。

演出ではマントヴァ公爵が美術品と女性の目利きの収集家として設定されている(C)Kiyonori Hasegawa
演出ではマントヴァ公爵が美術品と女性の目利きの収集家として設定されている(C)Kiyonori Hasegawa

舞台は香原氏が速リポで紹介している通り、絵画のような美しい世界観で彩られ、衣裳等は少し近現代に寄せたいわゆる読み替え演出的要素も盛り込まれていた。しかし、それはドイツ語圏のレジーテアター(演出主導のオペラ上演)のような過激な変更ではなく、あくまでも台本に忠実にドラマを掘り下げていくスタイルであった。
そうした演出コンセプトをベースにパッパーノの気迫あふれるタクトのもと、舞台上の歌手と合唱による歌唱と演技、ピット内のオーケストラの演奏が混然一体となって織り成された「リゴレット」は、ダイナミックなドラマ性と登場人物の心のひだにまで分け入るような繊細な表現を兼ね備えた見事なものであった。今回のようにオペラ上演におけるさまざまな要素が混然一体となった「リゴレット」の上演は2000年9月、リッカルド・ムーティ指揮によるミラノ・スカラ座の日本公演以来の水準の高さであったと感じた。

終演後には音楽評論家の堀内修氏をインタビュアーにパッパーノがミニ解説会を開催。熱演の直後にもかかわらず疲れを見せずに「リゴレット」に関することなどについて、約30分にわたって熱弁を振るった。
パッパーノは「リゴレット」について、マントヴァ公爵(ハビエル・カマレナ)による有名なカンツォーネ〝風の中の羽根のように〟の三拍子のリズム処理の難しさを挙げるとともに、二重唱の重要性を説いていた。その言葉通り第1幕のリゴレット(エティエンヌ・デュピュイ)と娘ジルダ(ネイディーン・シエラ)とのデュエット〝娘よ、お前は私の宝〟、マントヴァ公爵とジルダによる〝あなたは心の太陽だ〟など、音符のひとつひとつにまで指揮者の意思を感じさせるち密な歌唱が繰り広げられた。なお、歌手については香原氏の速リポをご覧いただきたい。

リゴレット(デュピュイ)と娘ジルダ(シエラ)によるデュエット (C)Kiyonori Hasegawa
リゴレット(デュピュイ)と娘ジルダ(シエラ)によるデュエット (C)Kiyonori Hasegawa

【アンドレイ・セルバン演出 プッチーニ「トゥーランドット」】

取材したのは「トゥーランドット」の初日となる23日、東京文化会館での公演。チケットが完売する盛況ぶりであった。セルバン演出の「トゥーランドット」は1984年にプレミエされたロイヤル・オペラの中でも現役として上演が続く最も古いプロダクションのひとつである。日本でも1986年の来日公演で上演されている。
40年にわたって続く上演の過程で何度か手直しが行われ、最新バージョンでは振付のアップデートや転換の迅速化が図られ、21世紀の現代にふさわしいステージにバージョンアップされたという。

手直しをしつつ、40年にわたり観る者を魅了し続けるセルバンの演出 (C)Kiyonori Hasegawa
手直しをしつつ、40年にわたり観る者を魅了し続けるセルバンの演出 (C)Kiyonori Hasegawa

パッパーノがこのプロダクションを指揮したのは意外にも2023年が最初とのことだったが「リゴレット」の時と同様、起伏に富んだダイナミズムとともに繊細な心情表現が際立っていた。とりわけリュー(マサバネ・セシリア・ラングワナシャ)の死の前後、オケ各パートの音色と音量を細かく変化させながら、歌に寄り添っていく音楽作りは圧巻であった。トゥーランドット役のマイダ・フンデリング、カラフを演じたブライアン・ジェイドの両主役もこの作品に不可欠な声量も十分で、満員の観客・聴衆の期待に応えるものであった。なお、同公演も歌手については香原氏が速リポで詳述しているのでそちらをご覧いただきたい。
2公演を鑑賞し、そのレベルの高さにヨーロッパの名門オペラの底力を目の当たりにする思いがした。

トゥーランドット役のフンデリング(23日)とカラフを演じたジェイド (C)Kiyonori Hasegawa
トゥーランドット役のフンデリング(23日)とカラフを演じたジェイド (C)Kiyonori Hasegawa

公演データ

英国ロイヤル・オペラ 日本公演

〇 ヴェルディ:歌劇「リゴレット」
6月22日(土)15:00、25日(火)13:00 神奈川県民ホール、28日(金)18:30、30日(日)15:00 NHKホール

指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:オリヴァー・ミアーズ
美術:サイモン・リマ・ホールズワース
衣装:イローナ・カラス
照明:ファビアナ・ビッチョーリ
ムーブメント・ディレクター:アナ・モリッシー

マントヴァ公爵:ハヴィエル・カマレナ
リゴレット:エティエンヌ・デュピュイ
ジルダ:ネイディーン・シエラ
スパラフチーレ:アレクサンデル・コペツィ
マッダレーナ:アンヌ・マリー・スタンリー
モンテローネ伯爵:エリック・グリーン
ジョヴァンナ:ヴィーナ・アカマ=マキア、ほか
合唱:ロイヤル・オペラ合唱団
管弦楽:ロイヤル・オペラハウス管弦楽団

〇 プッチーニ:歌劇「トゥーランドット」
6月23日(日)15:00、26日(水)18:30、29日(土)15:00、7月2日(火)15:00 東京文化会館

指揮:アントニオ・パッパーノ
演出:アンドレイ・セルバン
再演演出:ジャック・ファーネス
美術・衣装:サリー・ジェイコブス
照明:F・ミツチェル・ダナ
振付:ケイト・フラット
コレオロジスト:タティアナ・ノヴァエス・コエーリョ

トゥーランドット:マイダ・フンデリング
カラフ:ブライアン・ジェイド
リュー:マサバネ・セシリア・ラングワナシャ
ティムール:ジョン・レリエ 
ピン:ハンソン・ユ
パン:アレッド・ホール
ポン:マイケル・ギブソン
皇帝アルトゥム:アレクサンダー・クラヴェッツ
官吏:ブレイズ・マラバ
合唱:ロイヤル・オペラ合唱団
管弦楽:ロイヤル・オペラハウス管弦楽団

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宮嶋 極

みやじま・きわみ

放送番組・映像制作会社である毎日映画社に勤務する傍ら音楽ジャーナリストとしても活動。オーケストラ、ドイツ・オペラの分野を重点に取材を展開。中でもワーグナー作品上演の総本山といわれるドイツ・バイロイト音楽祭には2000年代以降、ほぼ毎年訪れるなどして公演のみならずバックステージの情報収集にも力を入れている。

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