国内の名だたるアーティストが集結し、全国各地で豪華な特別プログラムを展開していく「クラシック・キャラバン」は、コロナ禍を乗り越えることをコンセプトに一般社団法人日本クラシック音楽事業協会が企画したプロジェクトだ。3度目の開催となる今年は、2023年8月21日の秋田公演を皮切りに27のコンサートを実施し、2024年1月7日の新潟公演で千秋楽となった。大団円を迎えた2つの公演をリポートする。
ブラームスとリゲティ、2つのアニバーサリーイヤーに着目した京都公演
12月30日の京都公演では「ブラームス190年 リゲティ100年 生誕記念室内楽年末大コンサート」をテーマに、耳触りの異なる2人の作曲家を取り上げた。
ブラームス作品では、まず3つのヴァイオリンとピアノのためのソナタを取り上げ、3組のデュオが順に登場。瑞々(みずみず)しい第1番(ヴァイオリン:石上真由子、ピアノ:松本和将)、素直な第2番(ヴァイオリン:MINAMI、ピアノ:三原未紗子)、切実な第3番(ヴァイオリン:尾池亜美、ピアノ:深見まどか)と、異なる魅力でじっくりブラームスを味わう。終盤の弦楽六重奏曲第1番(ヴァイオリン:石上、尾池、ヴィオラ:湯浅江美子、田原綾子、チェロ:加藤文枝、海野幹雄)は、改めて名手の集結を実感させる厚みのある演奏だった。
リゲティ作品では、「ルクス・エテルナ」(指揮:鈴木恵里奈、関西二期会合唱団)で積極的な不協和で聴衆を混乱させ、ヴァイオリン、ホルン、ピアノのためのトリオより第1、2楽章(ヴァイオリン:MINAMI、ホルン:福川伸陽、ピアノ:深見)ではブラームスとは異なるグルーヴ感の強さを楽しませる。
作曲家の北爪裕道による委嘱作品「ポリグルーヴ〜3人のピアニストのための」(ピアノ:深見、松本、三原)も。ブラームスの作品を積極的に引用しながら、リゲティ作品から踏襲したかのようにビート感と緊張感を両立させた作風で、その日の公演の流れを一層引き締めた。
最後のリゲティ「100台のメトロノームのためのポエム・サンフォニック」も非常に印象的。100台のメトロノームが一斉に拍を刻み出し、すべてが静止すると同時に終曲する作品だ。3時間半に及ぶ公演の最後を飾るにはあまりにも特異だが、それも一興で多くの聴衆の笑みを誘った。
華やかな5台ピアノでキャラバンを終えた新潟公演
千秋楽である2024年1月7日の新潟公演は「5台ピアノの祭典」。仲道郁代、横山幸雄、小川典子、五十嵐薫子、小井土文哉、吉見友貴とベテランから若手まで6人のピアニストと、ヤマハとスタインウェイとベーゼンドルファーのピアノ5台が集まった。
前半は2台ピアノのプログラム。最初はモーツァルトのピアノ・ソナタ K545で、可憐(かれん)な音粒がめくるめく第1楽章(Ⅰ五十嵐、Ⅱ仲道)、静謐(せいひつ)でありながらじんわりと響きの広がる第2楽章(Ⅰ横山、Ⅱ吉見)、活発な様子が好ましい第3楽章(Ⅰ小井戸、II小川)と展開。続いてラフマニノフやプロコフィエフの作品でピアノアンサンブルを楽しみ、そしてベテランの共演であるラヴェルの「ラ・ヴァルス」(Ⅰ仲道、Ⅱ横山)が会場のボルテージを上げる。
後半は、目玉の5台ピアノプログラム。モーツァルト「トルコ行進曲」(Ⅰ小川、Ⅱ横山、Ⅲ小井土、Ⅳ仲道、Ⅴ吉見)で5台ピアノの響きを確かめ、続くリムスキー=コルサコフ「熊蜂(くまばち)の飛行」(Ⅰ五十嵐、Ⅱ小井土、Ⅲ小川、Ⅳ吉見、Ⅴ仲道)では技巧的なパッセージを畳みかけるように重ねる。
横山の手がけた「カルメンの誘惑と幻想〜5台ピアノのための」(Ⅰ仲道、Ⅱ吉見、Ⅲ横山、Ⅳ小井土、Ⅴ五十嵐)では協和と不協和の狭間(はざま)でオペラ「カルメン」ならではの世界をドラマティックに表現し、最後はホルスト「木星」(Ⅰ吉見、Ⅱ仲道、Ⅲ五十嵐、Ⅳ小川、Ⅴ横山)。
ピアノは1台でも十分音の鳴る楽器であるだけに、5台の音が重なることで盛大にもなれば混沌(こんとん)に陥ることもある。深淵(しんえん)な惑星や宇宙の姿を想起させたり、時にはピアノ同士で対峙(たいじ)したり溶け合ったりと、楽器同士が重なるオーケストラや室内楽とはまた違う、不思議で奥深い5台ピアノの世界を知ることのできる贅沢(ぜいたく)な時間だった。
2020年以降、コロナ禍により多くのアーティストの活躍の場が失われたが、全国を回る「クラシック・キャラバン」が、彼らと彼らの音を求めるファンにとってどれほどの救いとなったであろうか。千秋楽のアンコールになった3台ピアノ×2手によるワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」の〝前奏曲〟は、5カ月ほど続いた「クラシック・キャラバン」の締めくくりにふさわしく、未来のクラシック界に想いを馳(は)せたくなる堂々とした演奏だった。
(桒田萌)
くわだ もえ
編集者/ライター。夕陽丘高校音楽科ピアノ専攻、京都市立芸術大学音楽学専攻を卒業。在学中にクラシック音楽ジャンルで取材・執筆を開始。現在は企業オウンドメディアの制作を編集プロダクションで編集者として働きながら、個人で音楽ライターとして活動中。音楽雑誌や音楽系Webメディア、音楽ホールの広報誌などで、アーティストインタビューやコラムの執筆を行っている。