仙台フィルハーモニー管弦楽団の指揮者として今シーズンから太田弦が加わり、その就任披露も兼ねて第366回定期演奏会が行われた(取材は9月15日、日立システムズホール仙台)。プログラム前半にはエルガーの演奏会用序曲「フロワサール」とディーリアスの歌劇「村のロメオとジュリエット」から間奏曲「楽園への道」(トマス・ビーチャムによる2管編成版)、そしてヴォーン・ウィリアムズの「揚げひばり」を。さらに後半にはロンドンにゆかりのあるドヴォルザークの交響曲第7番を配し、いずれもイギリスにちなんだ作品が組まれた。イギリス音楽の白眉、尾高忠明に教えを受けた太田ならではの構成、また前半の2曲が仙台フィルとして初であることに、この公演への太田の意気込みが感じられる。
プログラム冒頭の「フロワサール」は中世フランスの歴史家ジャン・フロワサールを指しつつも、作品は彼そのものではなく中世の騎士道に対する憧れがうたわれる。最初に書いた管弦楽作品ながら、幾重にも重なる壮麗なハーモニーに既にエルガーらしさが感じられる美しい作品だ。太田はのびやかな旋律を明確な指揮で躍動感たっぷりに歌わせ、各セクションに皆ハーモニーの担い手であることを意識させるように音色を響かせていく。さらに丁寧になぞられる対旋律の動きが旋律の飛翔感に拍車をかけ、幕開けにふさわしい明朗な演奏を披露した。
続く「楽園への道」はディーリアスが手掛けたオペラ「村のロメオとジュリエット」の間奏曲として書かれた。恋仲になったサリとヴレリは対立する家柄で、かなわぬ恋に悲観して共に命を絶つ……と物語はシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」のようだが、こちらはスイスの作家ゴットフリート・ケラーによる作品が元である。オペラ全編が演奏される機会はほとんどなく「楽園への道」のみ取り上げられるのが通例で、国内では尾高がしばしばプログラムに組み入れてきた。
来たる悲劇を連想させるような陰鬱(いんうつ)で深みのある間奏曲を、太田は情景描写や二人の心情に寄り添うように音の陰影を使い分けて歌わせる。全体を俯瞰(ふかん)した息の長いフレーズを鮮やかなディナーミクで丁寧に重ねる手法が、情感豊かな描写を繰り出し、その写実的な音楽づくりに引きこまれた。弦や管のセクションで時折体を揺らすほど奏者自身が音楽に深く没入していたことも、聴き手を音楽へ誘う大きな要因だったに違いない。
その写実性はヴォーン・ウィリアムズの「揚げひばり」でも際立っていた。ソリストの大江馨はこの4月より神奈川フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターを務めている。レオポルト・モーツァルト、アントン・ルービンシュタイン他の国際コンクールへの入賞歴も持ち、仙台出身で、過去にはコンマスとしても仙台フィルへ客演した。ストレートな音色で繊細かつ軽快に旋律の機微に寄り添う大江のソロは、まさにひばりが舞いあがる様子をつぶさに描写し、オーケストラは前曲とは打って変わって細やか、かつ柔らかいフレーズづかいで大江にぴたりと寄り添う。それはまるでひばりの目線で移りゆく情景を見渡す感覚にとらわれるようで、生気に満ち溢れていた。
後半のドヴォルザークの交響曲第7番は、作曲者による「フス教徒」のモティーフや民族舞曲が用いられるなど動的な要素がふんだんに盛り込まれているが、響きの点で非常に豪壮で前半とは異なる。作品の共通項を紡ぎつつ異なる美点を聴かせる太田のプログラミングがまたうまいと思う。特に対旋律をはっきり響かせることで、音楽を立体的かつ多層的に構築し、壮麗さを際立たせていたことを特筆したい。また舞踏のリズムを刻むキレの良さ、拍節の躍動感を正確に紡ぐ弦セクションのユニゾンなど、ここでも奏者の没入度の高さが終始音楽にあらわれていた。第3楽章の最後など、もしかしたら太田はもう少し音量と情感の高ぶりが欲しかったのでは、と思う場面もあったが、まだまだ両者の旅路は始まったばかり。これからに期待したい。
仙台フィルは今年創立50周年を迎えてこれまでのゆかりの指揮者や作品でアニバーサリー・プログラムを展開しており、公演を通じて普段は意識しないその歩みや周囲の関わりを紐解くようで、じつに興味深い。その中に新しい風を吹き込むように組み込まれた今回の太田の就任公演。ネクスト50年に向けて29歳の若手と紡ぐ仙台フィルの未来を予見させる、充実したプログラムだった。
公演データ
9月15日(金)19:00、16日(土)15:00 日立システムズホール仙台
指揮:太田 弦
ヴァイオリン:大江 馨
エルガー:演奏会用序曲「フロワサール」Op.19
ディーリアス/ビーチャム編:歌劇「村のロメオとジュリエット」より 間奏曲「楽園への道」
ヴォーン・ウィリアムズ:ロマンス「揚げひばり」
ドヴォルザーク:交響曲第7番ニ短調Op.70
まさき・ひろみ
クラシック音楽の総合情報誌「音楽の友」編集部勤務を経て、現在はフリーランスで編集・執筆を行い、仙台市在住。「音楽の友」編集部では、全国各地の音楽祭を訪れるなどフットワークを生かした取材に取り組んだ。日本演奏連盟「演奏年鑑」東北の音楽概況執筆担当。