持ち前のサウンドで魅了
ネルソンスが率いたウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン2024

ネルソンスがウィーン・フィルの日本公演を率いるのは実に14年ぶり=ミューザ川崎シンフォニーホール (C)N.Ikegami
ネルソンスがウィーン・フィルの日本公演を率いるのは実に14年ぶり=ミューザ川崎シンフォニーホール (C)N.Ikegami

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(WPH)の日本定期公演、「ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン2024」が11月7日から17日までの間、サントリーホールを中心に開催された。今年の指揮者はアンドリス・ネルソンスで、五嶋みどり(ヴァイオリン)、イェフィム・ブロンフマン(ピアノ)をソリストに3つのプログラムで8公演が開催された。今年の同ウィークについて報告する。
(宮嶋 極)

【プログラムA】
取材したのは東京の初日となる12日、サントリーホールでの公演。演奏開始に先立ちウィーン・フィル(WPH)のダニエル・フロシャウアー楽団長がマイクを手に舞台下手に立ち、今年2月に亡くなった小澤征爾について「私たちは1966年以来、ともに歩んできました。マエストロ・オザワへの追悼の思いを込めてG線上のアリアを演奏します。演奏後は拍手をご遠慮いただき、一緒に黙とうしましょう」と呼びかけ、J・S・バッハのアリアが演奏され、最後の一音が消え入るとホール全体が静寂に包まれた。

続いてプログラム1曲目は五嶋をソリストにプロコフィエフのヴァイオリン協奏曲第1番。日本においてWPHと五嶋が共演するのは初めて。五嶋といえば、若い頃からスーパー・テクニックを武器にアグレッシブな演奏を行う印象が強かった。ところが第1楽章の冒頭から微細な弱音を駆使しながら、デリケートに弾き進めて、WPHとの間で緊密な対話を繰り広げていく。それはあたかもリサイタルにおけるソリストとピアニストのような細やかなやり取りであった。WPHメンバーは母体であるウィーン国立歌劇場管弦楽団として日常的にオペラ上演に携わっているだけにソリストの演奏を引き立てつつも、自らの個性を音楽に反映させる術(すべ)を心得ており、ネルソンスは無理にオケをドライブしようとせずに、ソリストとオケの対話の自然な流れに演奏全体を委ねているように映った。

盛大な喝采に応え五嶋はバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第3番から I. プレリュード をアンコールした。

ソリストを務めた五嶋みどり=11月12日 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール
ソリストを務めた五嶋みどり=11月12日 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール

メインはマーラーの交響曲第5番。WPHがこの曲を日本で演奏するはロリン・マゼール(1983年)、ジェームズ・レヴァイン(95年)との来日に続いて3度目。よい意味でWPHのマーラーの伝統に根差した演奏がこの日も行われた。今年は外来オケによるマーラー5番を聴く機会が何度かあったが、そこに共通するのは20世紀以来の演奏法とは一線を画し、各パートの音量バランスをコントロールして、対位法の妙を浮き彫りにするなど構造面の面白さをスケルトンのように見通しよく聴かせる音作りであった。一方、ネルソンスとWPHはメロディーを情感タップリに歌わせ、濃密なハーモニーを構築してそれを支えていくスタイル。テンポは全体に遅めで、高音が際立つWPHの弦楽器のサウンドとソロイスティクな管楽器の演奏が美しく絡み合い、WPHならではの伝統の重みを実感させるマーラー像が描き出された。それはマゼール、レヴァインがかつて聴かせた演奏の延長線上にあり、さらに源流を遡ればレナード・バーンスタインに行き着くように思えた。(筆者はバーンスタイン& WPHによるマーラーの実演に接したことはないが)もちろん、そこにはネルソンスの現代的なセンスが反映された箇所がいくつもあった。(特に第3楽章と第5楽章)それはあたかも老舗のうなぎ屋や焼き鳥店が江戸や明治からのタレをつぎ足しながら味を守っているがごとく、少しずつ新しい味わいを加えながらも伝統のサウンドを墨守するWPHの真髄(しんずい)に触れたような思いがした。

サントリーホールでは公演のほかマスタークラスや中高生向けの公演など、などさまざまなプログラムが行われた 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール
サントリーホールでは公演のほかマスタークラスや中高生向けの公演など、などさまざまなプログラムが行われた 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール

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