8月に原田慶太楼&大阪交響楽団でオール・バーンスタイン・プログラムを聴いた。「キャンディード」序曲、「ウエスト・サイド・ストーリー」の音楽、交響曲第1番「エレミア」という、ミュージカルとシリアスな交響曲が組み合わされたバーンスタインらしいプログラム。
生前、ベートーヴェンやマーラーに並ぶ交響曲を残したいと熱望していたバーンスタインは、自分が後年「ウエスト・サイド・ストーリー」の作曲家として思い出されることを嫌がっていたという。しかし、彼が亡くなってから30年以上が経ち、あらためて彼の交響曲第1番を聴いて、バーンスタインは交響曲作曲家として十分に自己を表現し切っていたのではないかと思った。
交響曲第1番「エレミア」は、バーンスタインが指揮者として本格的にデビューする前の、1942年に完成された。この作品では、敬虔(けいけん)なユダヤ教徒であった父親(ウクライナ出身のユダヤ人)から強い影響を受けた彼が、自らの出自を描いている。つまり、ユダヤ人がどうして祖国を失い、放浪の民となったか、その原点ともいえる「バビロン捕囚」前後の出来事を、「預言」、「冒涜(ぼうとく)」、「哀歌」の3つの楽章からなる一つの交響曲にまとめあげたのである。古代ユダヤの預言者エレミアの預言を民衆はきかず、冒涜する。そして、エルサレムは陥落し、民衆はバビロンへと移住させられる。第3楽章ではメゾソプラノが、旧約聖書の「エレミアの哀歌」をテキストとして、陥落したエルサレムと民衆の嘆きを歌う。
交響曲第2番「不安の時代」(1949年初演)は、W・H・オーデンの同名の詩にインスピレーションを受け、ピアノ独奏を伴う交響曲として書かれた。ここでは神を信じられなくなった現代人の不幸と信仰の回復が描かれる。1948年のピュリッツァー賞を受賞したオーデンの詩では、ニューヨークのバーで3人の男性と1人の女性が会話をかわす。
バーンスタインにとって最後の交響曲となった第3番「カディッシュ」(1963年初演)は、語り、ソプラノ独唱、合唱を伴う大規模な交響曲である。「カディッシュ」とは、死者にささげるユダヤ教の祈りの言葉。この作品では、ユダヤ教徒である彼の神に対する愛憎入り混じった複雑な感情が吐露されている。バーンスタインは、戦争や自然災害など人間の困難な現状に対して何も応えてくれない神に対して、懐疑を抱き、怒りに近い気持ちをぶつける。しかし、最終的には、神と和解し、ともにあることを呼びかける。
バーンスタインは、ユダヤ人として第1番を、現代人として第2番を、人間として第3番を書いたといえるだろう。そしてそれらを発展させたのが、シアターピース「ミサ」(1971年初演)である。バーンスタインは、既成の宗教的な権威へ異議を申し立て、民衆一人ひとりによる、新たな信仰の構築を目指す。そして、当時のベトナム戦争に反対し、平和を希求する。
「ウエスト・サイド・ストーリー」は、スピルバーグ監督のリメイク版などもあり、ますます人気を博している。その一方で、交響曲はまだまだ演奏機会に恵まれていない。バーンスタインの3つの交響曲の再評価が望まれる。
やまだ・はるお
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。