この9月にポーランド国立放送交響楽団(指揮:マリン・オルソップ、ピアノ独奏:角野隼人)が来日し、日本全国で11公演を行った。そしてそのすべてのコンサートで、1曲目にグラジナ・バツェヴィチ(1909~69年)の「オーケストラのための序曲」が演奏された。バツェヴィチは、ポーランドを代表する女性作曲家。彼女は一流のヴァイオリニストでもあった。「序曲」は、第二次世界大戦中の1943年に作曲されたが、躍動的でエネルギーあふれる作品である。
バツェヴィチの作品は、最近、日本でも蘇演(そえん)がすすんでいる。今年3月の国際音楽祭NIPPONでは彼女のピアノ五重奏曲第2番が諏訪内晶子らによって演奏され、昨年8月のアフィニス夏の音楽祭では弦楽四重奏曲第4番が取り上げられた。2019年にはパーヴォ・ヤルヴィ&NHK交響楽団が「弦楽オーケストラのための協奏曲」を演奏していた。
8月に、山田和樹がバーミンガム市交響楽団を率いて、ロンドンのBBCプロムスにデビューしたときは、エセル・スマイス(1858~1944年)のヴァイオリンとホルンのための協奏曲を取り上げていた。1928年に書かれたロマンティックで美しい作品。スマイスはイギリスを代表する女性作曲家。今年のBBCプロムスでは、彼女の作品がいくつも紹介され、オペラ「レッカーズ(難破船略奪者)」(これは今年のグラインドボーン音楽祭でも上演)やミサ曲も演奏された。
今年のBBCプロムスは、スマイスだけでなく、ドリーン・カーウィゼン(1922~2003年)やグレース・ウィリアムズ(1906~77年)らのイギリスの女性作曲家の作品も取り上げられていた(グレース・ウィリアムズの「海のスケッチ」は、尾高忠明&読売日本交響楽団が2020年に演奏している)。
興味深いのは、今現役で書いている女性作曲家の新作ではなく、既に亡くなっている女性作曲家の作品の蘇演がトレンドであるということ。今はサーリアホの新作に世界中が注目するように作曲の世界では男女の区別がほとんどなくなっているように思われるが、上述の選曲には、過去の男女差別のひどかった時代に作られて、埋もれてしまった作品を復活させようとする動きが感じられる。
ヤニク・ネゼ=セガンはフィラデルフィア管弦楽団とともに、2021年に、アメリカのアフリカ系女性作曲家、フローレンス・プライス(1887~1953年)の交響曲第1番と同第3番をドイツ・グラモフォンに録音し、2022年夏の同団のヨーロッパ演奏旅行(エジンバラ音楽祭、ベルリン音楽祭、ルツェルン音楽祭、BBCプロムスなど)で交響曲第1番をメインとして取り上げた。この10月には、交響曲第3番、ヴァイオリン協奏曲第1番、第2番を地元で演奏。また、ネゼ=セガン&フィラデルフィア管は、2023年1月には最初の女性シンフォニストといわれるフランスのルイーズ・ファランク(1804~75年)の交響曲第3番も紹介する。そのほか、来年2月には、女性ではないが、アフリカ系のウィリアム・ドーソン(1899~1990年)の「ニグロ・フォーク・シンフォニー」も取り上げる。ネゼ=セガンは、クラシック音楽の創作が昔から白人男性の独占物では決してなかったということを証明してみせようとしている。
やまだ・はるお
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。