今年は、ドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒト(1898~1956)の生誕125周年にあたる。音楽の世界では、彼はクルト・ヴァイルの「三文オペラ」の脚本家として高名であるが、ヴァイルのほかにも、様々な音楽家との親交があり、数多くのコラボレーションが残されている。
ハンス・アイスラー(1898~1962)は、ブレヒトと同い年で、彼もまた生誕125周年である。アイスラーとブレヒトは、1930年頃から歌曲や劇付随音楽の共同制作を始め、「連帯の歌」(1931)や「統一戦線の歌」(1934)など、政治色の濃い歌を作った。
アイスラーの大作「ドイツ交響曲」は、反ナチスの立場で書かれた、11の楽章からなるカンタータ的交響曲。テキストにはブレヒトの詩が中心的に用いられている。そして、この10月に「ドイツ交響曲」が、セバスティアン・ヴァイグレ&読売日本交響楽団によって日本初演された。強制収容所での苦しみや戦争の悲惨さも描かれ、今、世界で起こっている戦争を想起しないではいられなかった。4人の独唱者と合唱を要する大作ではあるが、2管編成のオーケストラの音自体はスリムで、アンチ・ワーグナーを思わせる。
アイスラーは、ナチスを逃れて、アメリカに亡命したものの、赤狩りに遭い、アメリカを追われる。そしてドイツに戻って、東ドイツの国歌を作曲するなど、東独を代表する作曲家となるのであった。
ブレヒトとクルト・ヴァイル(1900~1950)が出会ったのは1927年であった。そして、「三文オペラ」が作られたのが1928年。その後、「マハゴニー市の興亡」や「イエスマン」など、二人のコラボレーションが続いたものの、1933年にヴァイルがナチスから逃れるため、ドイツを離れたため、「七つの大罪」(1933)を最後に共作は途絶えてしまう。
オペラやミュージカルの作曲がよく知られるヴァイルであるが、交響曲を2つ残している。そのうちの第2番が、2024年3月にやはり読売日本交響楽団(指揮はマリー・ジャコ)によって演奏される。交響曲第2番は、彼がナチスを逃れアメリカに渡るまでの間のパリでの亡命時代の作品。3つの楽章からなり、簡潔な管弦楽法で書かれた、ヴァイルらしい旋律が際立つ交響曲である。1934年10月ブルーノ・ワルター指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団によって初演されている。
アメリカの作曲家、マーク・ブリッツスタイン(1905~1964)は、ブレヒトと親交があり、バーンスタインの親友でもあった。1935年、ブリッツスタインは、ブレヒトと会い、ある草稿を聴かせた。それはのちに労働者の団結を扱ったミュージカル「ゆりかごは揺れる」となり、完成後、作品はブレヒトにささげられた。また、ブリッツスタインは、1952年、ブランダイス大学で、バーンスタインが指揮を担い、ロッテ・レーニャも参加した、自らの訳による英語版の「三文オペラ」の上演も担った。ブリッツスタインの交響曲としては、アメリカ陸軍航空軍に勤務した経験を生かした「空輸交響曲」(1946年)がある。ナレーター、2人の男声独唱者、男声合唱を要する大作で、一度、演奏会で聴いてみたいものである。
やまだ・はるお
音楽評論家。1964年、京都市生まれ。87年、慶応義塾大学経済学部卒業。90年から音楽に関する執筆を行っている。著書に、小澤征爾の評伝である「音楽の旅人」「トスカニーニ」「いまどきのクラシック音楽の愉しみ方」、編著書に「オペラガイド130選」「戦後のオペラ」「バロック・オペラ」などがある。