ウィズコロナを受けての音楽界の活況は11月も途切れることなく、内外のアーティストやオーケストラによる注目公演が相次いで開催された。今月は選者の皆さんに11月に行われたステージからピカイチを、来年1月に予定されている公演からイチオシを紹介していただきます。
先月のピカイチ
◆◆11月◆◆ 東条碩夫(音楽評論家)選
〈東京交響楽団特別演奏会 R・シュトラウス:「サロメ」演奏会形式〉
11月20日(日)サントリーホール
ジョナサン・ノット(指揮)/東京交響楽団/アスミク・グリゴリアン(サロメ)/トマス・トマソン(ヨカナーン)/ミカエル・ヴェイニウス(ヘロデ)/ターニャ・アリアーネ・バウムガルトナー(ヘロディアス)他
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〈新国立劇場 ムソルグスキー:「ボリス・ゴドゥノフ」新制作〉
11月15日(火)新国立劇場オペラパレス
大野和士(指揮)/マリウシュ・トレリンスキ(演出)/東京都交響楽団/新国立劇場合唱団/ギド・イェンティンス(ボリス・ゴドゥノフ)/小泉詠子(フョードル)/九嶋香奈枝(クセニア)/金子美香(乳母)/アーノルド・ベズイエン(シュイスキー公)他
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~ノット&東響の快演 見事の一言~
ノットと東京響の演奏は、先月もこの欄にショスタコーヴィチの「4番」を挙げたばかりだが、それをさらに上回る快演ともいうべき「サロメ」が出現したので、再びここに挙げることにした。題名役のグリゴリアンの絶唱をはじめ、東京響の沸き立つ熱演、それを制御するノットの壮烈な気迫など、見事の一語に尽きる。一方、新国立劇場の「ボリス」は、折衷版楽譜による充実の演奏とひねった演出が生んだ劇的効果を高く評価したい。
来月のイチオシ
◆◆2023年1月◆◆ 東条碩夫(音楽評論家)選
〈広島交響楽団 第427回プロ改組50周年記念定期演奏会〉
1月20日(金)広島文化学園HBGホール
下野竜也(指揮)/宮本益光(バリトン)/石橋栄実(ソプラノ)
コダーイ:組曲「ハーリー・ヤーノシュ」/バルトーク:歌劇「青ひげ公の城」(演奏会形式)
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〈読売日本交響楽団 第659回名曲/第7回川崎マチネーシリーズ〉
1月13日(金)サントリーホール/15日(日)ミューザ川崎シンフォニーホール
山田和樹(指揮)
黛敏郎:曼荼羅交響曲/マーラー:交響曲第6番「悲劇的」
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~広響の力作なるか 下野が描く「青ひげ公の城」~
下野竜也の音楽総監督就任以来、広響の定期演奏会には挑戦的なプログラムが数多く見られるようになった。「青ひげ公の城」は、男女の深層心理的葛藤を陰翳(いんえい)豊かな音楽で鋭く表現した名作オペラだが、これを下野がいかに描き出すか。広響の力作となろう。一方、山田和樹は久しぶりのマーラー「6番」。数年前にも日本で指揮したことがあるが、あれ以降の彼の進境は目覚ましいし、しかも強豪オケの読響との演奏だから、きっとすごいだろう。
先月のピカイチ
◆◆11月◆◆ 柴田克彦(音楽ライター)選
〈東京交響楽団特別演奏会 R・シュトラウス:「サロメ」演奏会形式〉
11月18日(金)ミューザ川崎シンフォニーホール
ジョナサン・ノット(指揮)/東京交響楽団/アスミク・グリゴリアン(サロメ)/トマス・トマソン(ヨカナーン)/ミカエル・ヴェイニウス(ヘロデ)/ターニャ・アリアーネ・バウムガルトナー(ヘロディアス)他
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〈セイジ・オザワ松本フェスティバル30周年記念特別公演〉
11月26日(土)ホクト文化ホール
アンドリス・ネルソンス(指揮)/サイトウ・キネン・オーケストラ
マーラー:交響曲第9番
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~まさに圧巻だったノット&東響の「サロメ」~
ノット&東響の「サロメ」は、今年のベストワン級の名演。緊張感を保ちながら濃密かつ鮮烈に曲を描くノットの指揮、それに最高度の技量で応える東響、サロメ役のグリゴリアン、ヨカナーン役のトマソンをはじめとする歌手陣の強靭(きょうじん)かつ迫真的な歌唱……すべてに〝凄絶(せいぜつ)〟というほかない演奏が展開された。ネルソンスは、ボストン響よりもサイトウ・キネン・オケで渾身(こんしん)のマーラー演奏を披露。特に熱く濃厚な第4楽章は感動的だった。
来月のイチオシ
◆◆2023年1月◆◆ 柴田克彦(音楽ライター)選
〈読売日本交響楽団 第659回名曲/第7回川崎マチネーシリーズ〉
1月13日(金)サントリーホール/15日(日)ミューザ川崎シンフォニーホール
山田和樹(指揮)
黛敏郎:曼荼羅交響曲/マーラー:交響曲第6番「悲劇的」
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〈大阪フィルハーモニー交響楽団 第55回東京定期演奏会〉
1月24日(火)サントリーホール
尾高忠明(指揮)
池辺晋一郎:交響曲第10番「次の時代のために」/ブルックナー:交響曲第7番
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~東西両雄の「邦人+後期ロマン派」交響曲プロに熱視線~
山田和樹が1月に読響で聴かせる3つの重量級プログラムはどれも要注目。中でも黛敏郎の「曼荼羅」とマーラーの「悲劇的」は、打楽器を多用したカラフルなサウンドや緊迫感の高い音楽がいかに表現され、両交響曲トータルでいかなる感触を与えてくれるのか?実に興味深い。尾高の円熟のアプローチと大フィルの伝統が融合したブルックナーは毎年の聴きもの。今年はメロディアスで壮麗な名作=第7番だけに、いっそう期待が膨らむ。
先月のピカイチ
◆◆11月◆◆ 池田卓夫(音楽ジャーナリスト)選
〈セイジ・オザワ松本フェスティバル30周年記念特別公演〉
11月26日(土)ホクト文化ホール
アンドリス・ネルソンス(指揮)/サイトウ・キネン・オーケストラ
マーラー:交響曲第9番
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〈新国立劇場 ムソルグスキー:「ボリス・ゴドゥノフ」新制作〉
11月15日(火)新国立劇場オペラパレス
大野和士(指揮)/マリウシュ・トレリンスキ(演出)/東京都交響楽団/新国立劇場合唱団/ギド・イェンティンス(ボリス・ゴドゥノフ)/小泉詠子(フョードル)/九嶋香奈枝(クセニア)/金子美香(乳母)/アーノルド・ベズイエン(シュイスキー公)他
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~破格の名演 ネルソンス&SKO~
今年はネルソンスの「当たり年」だった。ボストン交響楽団とのツアーが大成功、中でも内田光子が独奏したベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」とショスタコーヴィチの交響曲第5番を組み合わせた演奏会の感銘は深かった。だが日本にとどまり、セイジ・オザワ松本フェスティバル30周年特別公演でサイトウ・キネン・オーケストラを指揮したマーラー:交響曲第9番の破格の名演はそれをも凌駕(りょうが)してしまった。新国立劇場の「ボリス」は大胆なカットと読み替えのトレリンスキ版。これだけエッジの立った舞台の上演リスクをとった姿勢を評価する。
来月のイチオシ
◆◆2023年1月◆◆ 池田卓夫(音楽ジャーナリスト)選
〈イーヴォ・ポゴレリッチ ピアノ・リサイタル2023〉
1月11日(水)サントリーホール
ショパン:ポロネーズ第7番「幻想ポロネーズ」/ピアノ・ソナタ第3番/幻想曲 ヘ短調/舟歌、他
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〈NHK交響楽団 第1975回定期公演Cプログラム〉
1月20日(金)、21日(土)NHKホール
トゥガン・ソヒエフ(指揮)
ラフマニノフ:幻想曲「岩」/チャイコフスキー:交響曲第1番「冬の日の幻想」
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~音楽家たちの「今」を聴く~
年明け早々「嵐」がやってくる。ポゴレリッチ。今のところオール・ショパン・プログラムの予定だが、ディスクも素晴らしかったので期待が持てる。同じ1958年生まれ、誕生日が2カ月早いだけで私を「年寄り」呼ばわりする変人の「今」を聴きたい。ソヒエフはロシアのウクライナ侵攻を受け、露ボリショイ劇場と仏トゥールーズ・キャピトル管弦楽団のシェフを同時辞任して以後初の来日で、ロシア音楽を指揮する。
先月のピカイチ
◆◆11月◆◆ 毬沙琳(音楽ジャーナリスト)選
〈ボストン交響楽団日本公演〉
11月14日(月)サントリーホール
アンドリス・ネルソンス(指揮)/内田光子(ピアノ)
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番「皇帝」/ショスタコーヴィチ:交響曲第5番「革命」
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〈イゴール・レヴィット ベートーヴェン:ソナタ・サイクル・イン・ジャパンⅡ〉
11月19日(土)紀尾井ホール
イゴール・レヴィット(ピアノ)
ピアノ・ソナタ第5番、第19番、第20番、第22番、第23番「熱情」
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~ネルソンス×ボストン響 音楽が生まれる瞬間を堪能~
5年ぶりのボストン交響楽団は音楽監督ネルソンスの表現の深化と共に、皇帝と革命という名曲をアイディアに満ちた圧巻の演奏で披露。世界の最前線で活躍し続ける内田光子のピアノもオーケストラと即興的なやりとりにあふれていた。もう1人のピアニスト、イゴール・レヴィットはベートーヴェンのピアノ・ソナタを一つのストーリーのようにプログラミングし一音入魂の演奏。その音楽から〝祈り〟を受け取ったのは私だけではないだろう。
来月のイチオシ
◆◆2023年1月◆◆ 毬沙琳(音楽ジャーナリスト)選
〈新国立劇場 ワーグナー:「タンホイザー」〉
1月28日(土)、31日(火)、2月4日(土)、8日(水)、11日(土・祝)新国立劇場オペラパレス
アレホ・ペレス(指揮)/ハンス=ペーター・レーマン(演出)/東京交響楽団/新国立劇場合唱団/妻屋秀和(領主ヘルマン)/ステファン・グールド(タンホイザー)/デイヴィッド・スタウト(ヴォルフラム)/サヴィーナ・ツヴィラク(エリーザベト)/エグレ・シドラウスカイテ(ヴェーヌス)他
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〈東京都交響楽団 第966回定期演奏会Aシリーズ〉
1月20日(金)東京文化会館
ヨーン・ストルゴーズ(指揮)/ペッカ・クーシスト(ヴァイオリン)
シベリウス: カレリア序曲/シベリウス:ヴァイオリン協奏曲/マデトヤ:交響曲第2番
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~タンホイザー、豪華な舞台を再び!~
オペラの舞台にも日常が戻ってきた。バレエも合唱もたっぷり楽しめる「タンホイザー」は世界最高峰のヘルデン・テノール、ステファン・グールド、当劇場初登場の指揮者アレホ・ペレスといった見どころ満載のワーグナーになるだろう。都響はフィンランドの名指揮者ストルゴーズとヴァイオリンのペッカ・クーシストによる北欧プログラム。シベリウスの高弟、マデトヤの交響曲全集を録音させたマエストロによる貴重な演奏会に注目したい。
先月のピカイチ
◆◆11月◆◆ 宮嶋 極(音楽ジャーナリスト)
〈セイジ・オザワ松本フェスティバル30周年記念特別公演〉
11月26日(土)ホクト文化ホール
アンドリス・ネルソンス(指揮)/サイトウ・キネン・オーケストラ
マーラー:交響曲第9番
次点
〈新国立劇場 ムソルグスキー:「ボリス・ゴドゥノフ」新制作〉
11月17日(水)新国立劇場オペラパレス
大野和士(指揮)/マリウシュ・トレリンスキ(演出)/東京都交響楽団/新国立劇場合唱団/ギド・イェンティンス(ボリス・ゴドゥノフ)/小泉詠子(フョードル)/九嶋香奈枝(クセニア)/金子美香(乳母)/アーノルド・ベズイエン(シュイスキー公)他
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~SKOのポテンシャル全開 圧巻のアンサンブル~
ボストン響を率いて来日したネルソンスが続いて指揮したのがサイトウ・キネン・オケ(SKO)。両方とも高水準の演奏を聴くことができたのだが私はSKOとの共演により心動かされた。第1楽章こそ小澤征爾との演奏時のような均質性が足りないようにも感じたが、曲が進むにつれてSKOのポテンシャルが十二分に引き出され第3、第4楽章の濃密かつ能動的なアンサンブルは圧巻のひと言に尽きた。新国の「ボリス…」は戦争の影響で一部歌手の交代を余儀なくされたが、それをものともせずにステージを一定の水準にまとめ上げた大野のオペラ指揮者としての手腕がまたしても光った。
来月のイチオシ
◆◆2023年1月◆◆ 宮嶋 極(音楽ジャーナリスト)
〈大阪フィルハーモニー交響楽団 第55回東京定期演奏会〉
1月24日(火)サントリーホール
尾高忠明(指揮)
池辺晋一郎:交響曲第10番「次の時代のために」/ブルックナー:交響曲第7番(ハース版)
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〈東京フィルハーモニー交響楽団 1月定期演奏会〉
1月26日(木)東京オペラシティ コンサートホール、27日(金)サントリーホール、29日(日)Bunkamuraオーチャードホール
チョン・ミョンフン(指揮)
シューベルト:交響曲第7番「未完成」/ブルックナー第7番(ノヴァーク版)
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~ブルックナー 交響曲第7番を聴き比べ~
国内オケによるブルックナー交響曲第7番の聴き比べを推す。尾高が音楽監督に就任以降の大阪フィルの充実ぶりは今夏のフェスタサマーミューザでも示された。ブルックナーは尾高が長年にわたって力を入れて取り組んでいる作曲家のひとりだけにこのコンビの到達点ともいうべき名演が聴けるに違いない。一方、チョンが指揮台に立った時の東京フィルの燃焼度は高く、今回も各フレーズを掘り下げた深みを感じさせる熱演が期待される。この対決、どちらに軍配が上がるのか楽しみである。