毎日クラシックナビが選ぶ2023年開催公演ベスト10

〈ベスト1〉ベルリン・フィルは4年ぶり、首席指揮者ペトレンコとの初来日で話題を呼んだ (C) Monika Rittershaus
〈ベスト1〉ベルリン・フィルは4年ぶり、首席指揮者ペトレンコとの初来日で話題を呼んだ (C) Monika Rittershaus

今回の「先月のピカイチ 来月のイチオシ」は年初恒例の特別企画となった毎日クラシックナビが選ぶ「2023年開催公演の年間ベスト10」の集計結果を発表します。今年は当サイトのレギュラー執筆者に第一線で活躍中の音楽評論家のお二方にも参加していただき、計10人の選者に昨年、国内で取材した公演の中からベスト5を挙げてもらい、その集計をもとにベスト10を選出しました。昨年春には新型コロナウイルスの感染法上の取り扱いが5類に緩和されたことなどを受けて音楽界も日常を取り戻し、海外の一流オーケストラやオペラ劇場の来日公演が相次ぎ、秋以降は毎日が音楽祭のような活況を呈しました。そうした〝激戦〟の中、1位に選ばれたのはキリル・ペトレンコ指揮、ベルリン・フィルの来日公演でした。コンビ初となる日本公演で披露された圧倒的なパフォーマンスに多くの支持が集まりました。続く2位はジョナサン・ノット指揮、東京交響楽団によるリヒャルト・シュトラウス「エレクトラ」の演奏会形式上演。ノット&東響は昨年「サロメ」で1位を獲得しており、このコンビの充実ぶりが改めて示された形となりました。

〈ベスト2〉昨年に続きR・シュトラウスのコンサート・オペラ・シリーズ、ノット&東響の「エレクトラ」も高得点を得た (C)N.Ikegami
〈ベスト2〉昨年に続きR・シュトラウスのコンサート・オペラ・シリーズ、ノット&東響の「エレクトラ」も高得点を得た (C)N.Ikegami

【採点・集計方法】
2023年1月1日から12月31日までの間に国内で開催された公演の中からクラシックナビのレギュラー執筆者8人と音楽評論家2人の計10人がそれぞれ、ベスト5を選出。1位を5点、2位4点、3位3点、4位2点、5位1点と配点し、その合計をもとに順位を決定した。なお、一昨年に続いて東条碩夫氏から「5公演ともに甲乙つけがたく順不同に」との希望があり、同氏が選んだ5公演はすべて3点として集計した。なお、複数回公演を開催、あるいは海外オケの来日等で複数演目があった場合、取材日にかかわらずひとつにまとめてカウントし集計した。

〈ベスト3〉3位は異なる形態の4公演が並ぶ結果に。来日のたびに高パフォーマンスを披露するフォーレ四重奏団もランクイン (C)大窪道治/提供:トッパンホール
〈ベスト3〉3位は異なる形態の4公演が並ぶ結果に。来日のたびに高パフォーマンスを披露するフォーレ四重奏団もランクイン (C)大窪道治/提供:トッパンホール

① キリル・ペトレンコ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(11月)……19点
② ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 R・シュトラウス「エレクトラ」(5月)……11点
③ フィリップ・ジャルスキー「オルフェーオの物語」(3月)……7点
③ カーチュン・ウォン指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 10月東京定期(10月)……7点
③ レイフ・オヴェ・アンスネス ピアノ・リサイタル(10月)……7点
③ フォーレ四重奏団(12月)……7点
⑦ チョン・ミョンフン指揮 東京フィルハーモニー交響楽団「オテロ」(7月)……6点
⑦ 濱田芳通&アントネッロ ヘンデル「メサイア」(11月)……6点
⑨ リチャード・トネッティ指揮 紀尾井ホール室内管弦楽団(7月)……5点
⑨ ローマ歌劇場 ヴェルディ「椿姫」(9月)……5点
⑨ クラウス・マケラ指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団(10月)……5点
⑨ トゥガン・ソヒエフ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(11月)……5点
⑨ ファビオ・ルイージ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(11月)……5点
⑨ ファビオ・ルイージ指揮 NHK交響楽団 第2000回定期「一千人の交響曲」(12月)……5点

〈ベスト3〉同じく3位のウォン&日フィル。マーラーの大作で首席指揮者就任披露公演を飾った (C)山口敦
〈ベスト3〉同じく3位のウォン&日フィル。マーラーの大作で首席指揮者就任披露公演を飾った (C)山口敦

◆◆東条碩夫(音楽評論家)選◆◆

〇 レイフ・オヴェ・アンスネス ピアノ・リサイタル
10月23日(月)東京オペラシティ コンサートホール
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番「悲愴(ひそう)」他(など)

〈ベスト3〉4年半ぶり久々の来日を果たしたアンスネスも全体の3位に (C)大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団
〈ベスト3〉4年半ぶり久々の来日を果たしたアンスネスも全体の3位に (C)大窪道治 提供:東京オペラシティ文化財団

〇 ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 11月定期演奏会
11月11日(土)サントリーホール
ベートーヴェン:交響曲第6番「田園」他

〇 新国立劇場 ヴェルディ:「シモン・ボッカネグラ」(新制作)
11月15日(水)新国立劇場オペラパレス
大野和士(指揮)/ピエール・オーディ(演出)/ロベルト・フロンターリ(シモン・ボッカネグラ)/東京フィルハーモニー交響楽団、他

〇 東京二期会オペラ劇場 ヘンツェ:「午後の曳(えい)航」
11月23日(木)日生劇場
アレホ・ペレス(指揮)/宮本亞門(演出)/山本耕平(登)/新日本フィルハーモニー交響楽団、他

〇 アントニ・ヴィト指揮 東京都交響楽団12月B定期演奏会
12月19日(火)サントリーホール
ペンデレツキ:交響曲第2番「クリスマス・シンフォニー」他

〈目覚ましい日本勢の熱演〉
久しぶりの欧州名門オーケストラ来日ラッシュが注目を集めた2023年だが、それらの威力的でメリハリのある響きそのものは魅力的だったものの、音楽的な感動という点になると、残念ながら一、二の団体を除いては今一つ、という状態。演奏したプログラムも、集客の関係もあろうが、ごく一部を除いては相変わらずの名曲ばかりという傾向が多く見られたのが物足りない。それゆえ筆者としてはむしろ、全力を挙げてレパートリーの拡大に取り組み、熱演を繰り広げた日本の演奏団体のほうに、はるかに聴き応えを感じたというのが正直なところである。ここに挙げた5つ(ただし出来栄えに順位をつけることがどうしてもできなかった)のほかにも、日生劇場や藤原オペラ、びわ湖ホール、バッハ・コレギウム・ジャパンなどによる各種オペラ上演活動、ヴァンスカ指揮でシベリウスの交響曲を快演した都響を含む国内各地のオーケストラの活動なども、できれば挙げたかった。

◆◆池田卓夫(音楽ジャーナリスト)選◆◆

① キリル・ペトレンコ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
11月20日(月)サントリーホール
レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ/R・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」

② アンドラーシュ・シフ ピアノ・リサイタル
9月29日(金)東京オペラシティ コンサートホール
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番、他

③ フィリップ・ジャルスキー「オルフェーオの物語」
3月1日(水)東京オペラシティ コンサートホール
フィリップ・ジャルスキー(オルフェーオ)/エメーケ・バラート(エウリディーチェ)/アンサンブル・アルタセルセ
サルトーリオ:エウリディーチェが死んだ/ロッシ:冥界を離れて、他

9年ぶりの来日で、モンテヴェルディら3人の〝オルフェーオの物語〟を歌い分けたジャルスキー(中央) (C)大窪道治/提供:東京オペラシティ文化財団
9年ぶりの来日で、モンテヴェルディら3人の〝オルフェーオの物語〟を歌い分けたジャルスキー(中央) (C)大窪道治/提供:東京オペラシティ文化財団

④ ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 R・シュトラウス「エレクトラ」
5月14日(日)サントリーホール
サー・トーマス・アレン(演出監修)/クリスティーン・ガーキー(エレクトラ)/ハンナ・シュヴァルツ(クリテムネストラ)他 ※演奏会形式

⑤ チョン・ミョンフン指揮 東京フィルハーモニー交響楽団 ヴェルディ「オテロ」
7月23日(日)Bunkamuraオーチャードホール
グレゴリー・クンデ(オテロ)他 ※演奏会形式

〈コアなファン層と「推し」の新聴衆の期待値に微妙なズレ〉
プロフェッショナル中のプロフェッショナルのベルリン・フィル相手に徹底したコンセンサスを形成、「巨大な室内楽」に昇華させたキリル・ペトレンコの手腕は尋常ではなかった。この域に達しないオーケストラはそこそこの名門であっても券売に不安が残り、国際コンクール制覇の若手や日本国内で人気のソリストの協奏曲をカップリング、それぞれのアーティスト「推し」の新しい客層を獲得しようと努めた。これが必ずしも演奏会のテンション向上に結び付かず、本来の個性を発揮できない例も散見された結果、空前の来日ラッシュにもかかわらず、大半の外国オケがランキング外に撃沈した。代わって強い印象を残したのは国内楽団が常任指揮者や音楽監督と入念に準備したオペラの演奏会形式上演で沼尻竜典指揮神奈川フィルの「サロメ」、高関健指揮東京シティ・フィルの「トスカ」も良かった。

◆◆香原斗志(音楽評論家)選◆◆

① ローマ歌劇場 ヴェルディ「椿姫」
9月13日(水)東京文化会館大ホール
ミケーレ・マリオッティ(指揮)/ソフィア・コッポラ(演出)/リセット・オロペサ(ヴィオレッタ)他

② アンナ・ネトレプコ プレミアムコンサート
3月15日(水)サントリーホール
アンナ・ネトレプコ(ソプラノ)/ユーシフ・エイヴァゾフ(テノール)他
プッチーニ:「蝶々夫人」より〝愛の二重唱〟他

③ 濱田芳通&アントネッロ ヘンデル「メサイア」
11月24日(金)川口総合文化センター・リリア 音楽ホール
濱田芳通(指揮)/アントネッロ(管弦楽)他

古楽に精通した濱田芳通が、主宰するアントネッロとともに取り組んだヘンデルのメサイア (C)Martin Chiang
古楽に精通した濱田芳通が、主宰するアントネッロとともに取り組んだヘンデルのメサイア (C)Martin Chiang

④ ボローニャ歌劇場 ベッリーニ「ノルマ」
11月5日(日)東京文化会館大ホール
ファブリツィオ・マリア・カルミナーティ(指揮)/ステファニア・ボンファデッリ(演出)/フランチェスカ・ドット(ノルマ)/脇園彩(アダルジーザ)他

⑤ アンナ・ルチア・リヒター(メゾ・ソプラノ)&ティル・フェルナー(ピアノ)
2月15日(水)トッパンホール
シューマン:「女の愛と生涯」他

〈聴き慣れた音楽の聴き慣れない深みに触れられた1年〉
不自由なコロナ禍が長かったから余計に感じるのかもしれないが、曲や演奏法への先入観を覆される演奏会が多かった。ローマ歌劇場の「椿姫」で、マリオッティは「ズンチャッチャ」と揶揄(やゆ)されるヴェルディのオーケストレーションに、思いのほか豊かな感情表現が織り込まれていると教えてくれた。ソプラノのネトレプコは夫君のエイヴァゾフとともに、きわめて劇的な声楽的用法が繊細な歌唱と両立しうることを示した。
濱田芳通は古楽アンサンブルのアントネッロとともに、宗教音楽だからと忘れられがちな、ヘンデルの舞踊性とカンタービレを存分に引き出した。ドットや脇園らの歌手は、イタリアらしい輝きに満ちた管弦楽と合唱を背景に、歌唱美の追求がドラマの深化に直結することを示した。リヒターは言葉に応じて声の色彩を変幻自在に操り、「言葉と声の一体化」の意味を何歩も深めてみせた。
聴き慣れた音楽の聴き慣れない深みを味わえた演奏会が多い、幸福な1年だった。

◆◆柴田克彦(音楽ライター)選◆◆

① キリル・ペトレンコ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
11月21日(火)ミューザ川崎シンフォニーホール
ブラームス:交響曲第4番、他

② フォーレ四重奏団
12月7日(木)トッパンホール
メンデルスゾーン:ピアノ四重奏曲第3番、他

③ カーチュン・ウォン指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 10月定期演奏会
10月14日(土)サントリーホール
マーラー:交響曲第3番

④ チョン・ミョンフン指揮 東京フィルハーモニー交響楽団 ヴェルディ「オテロ」
7月31日(月)サントリーホール
グレゴリー・クンデ(オテロ)他 ※演奏会形式

演奏会形式によるチョン&東フィルの「オテロ」も、昨年の「ファルスタッフ」に続き話題に 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団
演奏会形式によるチョン&東フィルの「オテロ」も、昨年の「ファルスタッフ」に続き話題に 撮影=上野隆文/提供=東京フィルハーモニー交響楽団

⑤ セミヨン・ビシュコフ指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団
10月29日(日)サントリーホール
ドヴォルザーク:交響曲第8番、他

〈演奏会形式オペラの充実が光った2023年〉
秋の海外オーケストラ攻勢と演奏会形式オペラの充実が際立った2023年。某雑誌のベストテンと若干異なるのは、12月の公演を含む点、各カテゴリーを代表させたい公演を優先した点、年を越してなおインパクトが残る公演を優先した点による。その中で、最強の機能性と雄弁な表現力を併せ持ったベルリン・フィルを1位、伝統の味わいに緊密性を加えたチェコ・フィルを5位にあげた。緻密かつパッショネイトな快演を聴かせたフォーレQは、室内楽&器楽代表の意味も含めた差のない2位、濃密にして感動的だったウォン&日本フィルのマーラーは、国内組のシンフォニー・コンサートの代表。演奏会形式オペラは、ノット&東響の「エレクトラ」、沼尻竜典&神奈川フィル及び京都市響の「サロメ」、高関健&東京シティ・フィルの「トスカ」等も互角の印象だが、生気に富んだ劇的表現がいまだ脳裏に残るチョン・ミョンフン&東京フィルの「オテロ」を代表に選んだ。

◆◆那須田 務(音楽評論家)選◆◆

① クラウス・マケラ指揮 オスロ・フィルハーモニー管弦楽団
10月18日(水)東京芸術劇場コンサートホール
シベリウス:交響曲第2番、5番

都響、パリ管との来日に続き、2023年はオスロ・フィルと来日したマケラ 撮影:堀田力丸/提供:エイベックス・クラシックス・インターナショナル
都響、パリ管との来日に続き、2023年はオスロ・フィルと来日したマケラ 撮影:堀田力丸/提供:エイベックス・クラシックス・インターナショナル

② フィリップ・ジャルスキー「オルフェーオの物語」
3月1日(水)東京オペラシティ コンサートホール
フィリップ・ジャルスキー(オルフェーオ)/エメーケ・バラート(エウリディーチェ)/アンサンブル・アルタセルセ
サルトーリオ:エウリディーチェが死んだ/ロッシ:冥界を離れて、他

③ 濱田芳通&アントネッロ ヘンデル「メサイア」
11月24日(金)川口総合文化センター・リリア 音楽ホール
濱田芳通(指揮)/アントネッロ(管弦楽)他

④ ウィリアム・クリスティ指揮 レザール・フロリサンJ・S・バッハ「ヨハネ受難曲」
11月26日(日)東京オペラシティ コンサートホール

⑤ ミハイル・プレトニョフ ラフマニノフ ピアノ協奏曲全曲公演
9月13日(水)東京オペラシティ コンサートホール、他
高関健(指揮)/東京フィルハーモニー交響楽団

〈古楽・モダン楽器ともに充実した一年〉
海外オーケストラのベストは、オスロ・フィル。シベリウスの交響曲の圧倒的なパフォーマンスで改めてマケラの天才ぶりを鮮やかに印象づけた。続いて名カウンターテナー、ジャルスキーが自らのアンサンブル、アルタセルセとともに行なった来日公演。モンテヴェルディら17世紀の音楽を組み合わせ、一篇のミニ・オペラのように仕立て上げた「オルフェーオの物語」でジャルスキーとソプラノのバラートの高音が絡み合い天上の美しさ。繊細かつ洗練された第一級の歌唱芸術だった。「メサイア」は濱田芳通の深化し続ける音楽を実感。本来受難節に聴くべき「ヨハネ受難曲」は少々季節外れ感があったが、クリスティらのそれはさすがに完成度が高い。神々しいまでの気品に満ちた名演だった。もう一つは高関健&東京フィルとプレトニョフによるラフマニノフのピアノ協奏曲全曲公演。巧みに弾く人はいくらでもいるが、かれのラフマニノフはいわく本物のみが持つ凄(すご)みがある。

◆◆長谷川京介(音楽評論家)選◆◆

① ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 R・シュトラウス「エレクトラ」
5月12日(金)ミューザ川崎シンフォニーホール
サー・トーマス・アレン(演出監修)/クリスティーン・ガーキー(エレクトラ)/ハンナ・シュヴァルツ(クリテムネストラ)他 ※演奏会形式

② ファビオ・ルイージ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
11月7日(火)サントリーホール
チャイコフスキー:交響曲第5番、他

昨年創立135年を迎えたコンセルトヘボウは4年ぶりの来日で固有のサウンドを響かせた(ミューザ川崎シンフォニーホール公演より)  (C)N.Ikegami
昨年創立135年を迎えたコンセルトヘボウは4年ぶりの来日で固有のサウンドを響かせた(ミューザ川崎シンフォニーホール公演より)  (C)N.Ikegami

③ キリル・ペトレンコ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
11月21日(火)ミューザ川崎シンフォニーホール
ブラームス:交響曲第4番、他

④ カーチュン・ウォン指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 10月定期演奏会
10月13日(金)サントリーホール
マーラー:交響曲第3番

⑤ 汐澤安彦指揮 パシフィックフィルハーモニア東京 第2回名曲シリーズ
11月1日(水)東京芸術劇場コンサートホール
チャイコフスキー:交響曲第4番、他

〈生涯記憶に残る「エレクトラ」/海外名門オーケストラが真価を発揮〉
R・シュトラウス「エレクトラ」は、主役クリスティーン・ガーキーの大地を揺るがすような歌唱をはじめ歌手全員の熱唱と、ノットが指揮する約120名の東京交響楽団の巨大かつ精緻な響きが一体となり、生涯記憶に残る名演となった。最後の数分間は管弦楽の爆発的エネルギーとともに宇宙の彼方(かなた)へ運ばれていくような感覚を味わった。海外の超一流オーケストラの来日ラッシュとなった2023年。ルイージ指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管のオーケストラ美学の頂点を極める磨き抜かれた演奏に魅了された。ヴィルトゥオーゾ集団ベルリン・フィルを見事に束ねるキリル・ペトレンコの手腕に驚嘆。両者の黄金時代の到来を実感した。カーチュン・ウォン日本フィル首席指揮者就任記念のマーラー:交響曲第3番は完成度が高く、世界的レベルの演奏。吹奏楽界のレジェンド、85歳の汐澤安彦が41年ぶりに在京プロオーケストラを指揮。往年の巨匠を思わせる重厚な演奏は圧巻だった。

◆◆深瀬 満(音楽ジャーナリスト)選◆◆

① トゥガン・ソヒエフ指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
11月15日(水)横浜みなとみらいホール
ドヴォルザーク:交響曲第8番、他

珍しく2年空いたウィーン・フィルの来日公演はソヒエフが率いた(写真はサントリーホール公演) 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール
珍しく2年空いたウィーン・フィルの来日公演はソヒエフが率いた(写真はサントリーホール公演) 撮影:池上直哉 提供:サントリーホール

② レイフ・オヴェ・アンスネス ピアノ・リサイタル
10月22日(日)所沢市民文化センター ミューズ アークホール
シューベルト:ピアノ・ソナタ第14番イ短調D784他

③ チョン・ミョンフン指揮 東京フィルハーモニー交響楽団 ヴェルディ「オテロ」
7月31日(月)サントリーホール
グレゴリー・クンデ(オテロ)他 ※演奏会形式

④ 河村尚子×アレクサンドル・メルニコフ(ピアノ)
11月14日(火)東京芸術劇場コンサートホール
シューベルト:幻想曲ヘ短調D940他

⑤ キリル・ペトレンコ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
11月23日(木)サントリーホール
レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ/R・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」

〈怒とうの来日ラッシュ、トップオケの対決も実現〉
コロナ禍で止まっていた来日オケが、怒とうのように押し寄せた観があった。中でもウィーン・フィルとベルリン・フィルは東京でニアミスし、直接対決の格好。直前の指揮者交代を持ち前の危機管理能力で乗り切ったウィーン・フィルは、ソヒエフの卓越した駆動力とオケの民族色豊かな作品への適応性がマッチした横浜公演を推す。ベルリン・フィルは、とてつもない機能性でうならせたが、新コンビの初々しい時期を過ぎた今後の展開に注目。

所沢ミューズの素晴らしい音響とホスピタリティのなかで聞くアンスネスは、余裕ある円熟の境地を、安心して満喫させた。国内勢では、オペラの経験が深い2者が本領を発揮したチョン・ミョンフン/東京フィルの「オテロ」を、まず挙げたい。時間の経過を忘れさせた公演のひとつ。河村尚子とメルニコフのデュオは意外な取り合わせだが、きわめて豊かな弱音のパレットを駆使して、演奏表現の極限をきわめようとしたのが忘れがたい。

◆◆毬沙琳(音楽ジャーナリスト)選◆◆

① キリル・ペトレンコ指揮 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
11月20日(月)サントリーホール
レーガー:モーツァルトの主題による変奏曲とフーガ/R・シュトラウス:交響詩「英雄の生涯」

② アラン・ギルバート指揮 都響スペシャル (7/14)
7月14日(金)サントリーホール
キリル・ゲルシュタイン(ピアノ)
ニールセン:交響曲第5番/ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番、他

ギルバートと都響も、良演を積み重ねるコンビのひとつ (C)RikimaruHotta
ギルバートと都響も、良演を積み重ねるコンビのひとつ (C)RikimaruHotta

③ フォーレ四重奏団
12月7日(木)トッパンホール
メンデルスゾーン:ピアノ四重奏曲第3番、他

④ イゴール・レヴィット ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ・サイクル・イン・ジャパン Ⅲ&Ⅳ
11月24日(金)/25日(土)紀尾井ホール
べートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番、他(Ⅲ)/同第30番、第31番、第32番(Ⅳ)

⑤ 新国立劇場 ワーグナー「タンホイザー」
1月28日(土)新国立劇場オペラパレス
アレホ・ペレス(指揮)/ハンス=ペーター・レーマン(演出)/ステファン・
グールド(タンホイザー)/東京交響楽団、他

〈近年稀(まれ)に見る活況、鳴り止(や)まぬ熱い拍手に明るい未来を重ねたい〉
国内、海外の楽団を問わず多くの公演で拍手が鳴り止まない光景が、昨年にも増して多く見られた。会場でしか味わうことのできない感動の証しだろう。

ペトレンコ率いるベルリン・フィルが聴かせた究極の合奏は、これまでの来日公演とは一線を画するものとして一番にあげたい。アラン・ギルバートと都響は他にもアルプス交響曲(7月)、第九(12月)といずれもスケール感とゴージャスな響きでワールドクラスの演奏。今後への期待も高まる。

フォーレ四重奏団は来日公演の度に進化を重ね、4人で紡ぐ音の高揚感はまさに室内楽の醍醐味(だいごみ)だ。レヴィットのベートーヴェンは人気曲からラスト・ソナタまで天から降り注ぐ光のような美音で深い精神世界を描き唯一無二のピアノを聴かせた。

4度目の再演となる新国立劇場のタンホイザーはアレホ・ペレスが東京交響楽団から芳醇(ほうじゅん)なワーグナーの響きを引き出した。ステファン・グールドの最後の歌声は決して忘れることはないだろう。

◆◆山田治生(音楽評論家)選◆◆

① リチャード・トネッティ指揮&ヴァイオリン 紀尾井ホール室内管弦楽団 7月定期演奏会
7月14日(金)紀尾井ホール
モーツァルト:交響曲第41番「ジュピター」他

オーストリア室内管の芸術監督を務めるトネッティが、同じ室内オーケストラの紀尾井ホール室内管を立奏でリード (C)Tomoko Hidaki / Kioi Hall Chamber Orchestra Tokyo
オーストリア室内管の芸術監督を務めるトネッティが、同じ室内オーケストラの紀尾井ホール室内管を立奏でリード (C)Tomoko Hidaki / Kioi Hall Chamber Orchestra Tokyo

② 山田和樹指揮 バーミンガム市交響楽団
6月29日(木)サントリーホール
エルガー:交響曲第1番、他

③ 全国共同制作オペラ マスカーニ「田舎騎士道」&レオンカヴァッロ「道化師」
2月3日(金)東京芸術劇場コンサートホール
アッシャー・フィッシュ(指揮)/上田久美子(演出)/読売日本交響楽団、他

④ カーチュン・ウォン指揮 日本フィルハーモニー交響楽団 10月定期演奏会
10月13日(金)サントリーホール
マーラー:交響曲第3番

⑤ 東京二期会オペラ劇場 ヘンツェ:「午後の曳航」
11月23日(木)日生劇場
アレホ・ペレス(指揮)/宮本亞門(演出)/山本耕平(登)/新日本フィルハーモニー交響楽団、他

〈新たな指揮者とオーケストラのコンビネーションが好発進〉
印象の強いものということで、何カ月経っても忘れられないもの、感銘度の高かったものを選んだ。トネッティ&紀尾井ホール室内管は管楽器も含めて立奏。ハイドン「ロンドン」とモーツァルト「ジュピター」での鬼才と名手揃(ぞろ)いの楽団との化学反応に圧倒された。山田和樹&バーミンガム市響のエルガーの交響曲第1番には両者の関係の良好さを感じる。1曲だけなら、このエルガーがマイ・ベストワン。上田久美子演出のマスカーニ「田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)」には刺激を受けまくった。カーチュン・ウォン&日本フィルのマーラー交響曲第3番は期待以上の名演。宮本亞門演出のヘンツェ「午後の曳航」では音楽劇としての現代オペラを満喫。当然上位にあげられるべきベルリン・フィルは、個人的には、ベルクは凄(すご)いとは思ったものの、モーツァルトはいささか期待外れであったし、後半のブラームスも素晴らしかったけど、深い感銘には至らなかった。

◆◆宮嶋極(音楽ジャーナリスト)選◆◆

① ファビオ・ルイージ指揮 NHK交響楽団第2000回定期公演
12月16日(土)NHKホール
ジャクリン・ワーグナー(ソプラノ)/ミヒャエル・シャーデ(テノール)/新国立劇場合唱団/NHK東京児童合唱団、他
マーラー:交響曲第8番「一千人の交響曲」

ルイージが率いたN響の記念すべき2000回定期はファン投票で決まった「一千人の交響曲」 写真提供:NHK交響楽団
ルイージが率いたN響の記念すべき2000回定期はファン投票で決まった「一千人の交響曲」 写真提供:NHK交響楽団

② ジョナサン・ノット指揮 東京交響楽団 R・シュトラウス「エレクトラ」
5月12日(金)ミューザ川崎シンフォニーホール
サー・トーマス・アレン(演出監修)/クリスティーン・ガーキー(エレクトラ)/ハンナ・シュヴァルツ(クリテムネストラ)他 ※演奏会形式

③ 東京春音楽祭ワーグナー・シリーズ「ニュルンベルクのマイスタージンガー」
4月6日(木)東京文化会館大ホール
マレク・ヤノフスキ(指揮)/エギリス・シリンス(ザックス)/アドリアン・エレート(ベックメッサー)/NHK交響楽団/東京オペラシンガーズ、他 ※演奏会形式
ワーグナー:楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

④ 東京春音楽祭 ヴェルディ「仮面舞踏会」
3月28日(火)東京文化会館大ホール
リッカルド・ムーティ(指揮)/アゼル・ザダ(リッカルド)/ジョイス・エル=コーリー(アメーリア)/セルバン・ヴァシレ(レナート)/東京春祭オーケストラ、他 ※演奏会形式

⑤ ファビオ・ルイージ指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
11月3日(金)ミューザ川崎シンフォニーホール
ビゼー:交響曲第1番/ドヴォルザーク:交響曲第9番「新世界より」

 

〈公演の熱気や音楽家の信念、心動かされた公演を中心に〉
ベスト5は「先月のピカイチ」に挙げた公演を軸に検討。作品解釈や奏法、演奏スタイルの適時性などの客観的視点ではなく、自分の心がどれだけ動かされたかに重きを置きチョイスした。
N響2000回定期の「一千人の交響曲」はルイージとN響の凄まじい気迫に圧倒された。それが満員の聴衆の期待とかみ合って、まさに記念碑的な輝きを放つ公演となった。聴衆の反応も並みはずれた熱烈さで、オケ退場後も盛大な喝采が鳴り止まずルイージが2度も舞台に呼び戻された光景は長く記憶に残りそう。
ノットと東響による「エレクトラ」は超絶難易度の同作をメンバーひとりひとりが能動的に弾き進め、全体としては統一感をもった巨大な建造物のような威容を示す音楽にまとまっていた。ノットの棒の下、演者全員が同じ方向を向いて構築した音楽空間は作品の世界観を精緻に表現するものであった。
3、4位は東京春祭のステージ。ヤノフスキの質実剛健な「マイスタージンガー」、作品に対する深い共感と愛情に満ちたムーティによる「仮面舞踏会」は表面的な方向性は違えども両巨匠の揺るぎない信念に根差した音楽作りに心揺さぶられた。
コンセルトヘボウはビロードの手触りのような響きによって、今さらながらに「新世界」に魅入られたので5位にランクした。

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