中川の清々しいピアノ、オケから優しく楽し気な音を引き出すハサンの妙技が光る楽しい演奏会
読売日本交響楽団の指揮台に登場するのは2023年以来2回目となるイギリスの俊英、ケレム・ハサン。ドイツ育ちで、2021年のクララ・ハスキル国際コンクール優勝者の中川優芽花。筆者は両人とも初めて実演で接したが、とても楽しく聴いた。
最初のウンスク・チンの「スビト・コン・フォルツァ」は、中川が弾くベートーヴェンの協奏曲の、よき前奏曲となっただろう。ベートーヴェン生誕250年を記念した作品で、彼の〝コリオラン〟序曲の冒頭を模して始まり、その後は、オーケストラという名のおもちゃ箱をひっくり返したようになる。その終盤、変ロが金管楽器で執拗(しつよう)に鳴って、これが耳に残ったのだ。続く変ロ長調協奏曲に移るまで。
さて、その協奏曲における中川のピアノは、一言でいうと思い切りのよいピアノ。輪郭が明瞭で、怖ず怖ず(おずおず)としたところがなく、とにかくよく鳴る。意見をハッキリ言うクラスの人気者といった感じで、意見が時にちょっと平板になることがあっても、とても清々しい。隠れていた声部を生き生きと取り出してくれると、「よくぞ言ってくれました!」と喝采を送りたくなる。
また、クラスの上に立ってみせることも。例えば第2楽章の終盤、「大きく表情をつけて」とされたセンツァ・ソルディーノのシーン。最高級オルゴールのような弱音で、テンポをほとんど宙吊りにし、オーケストラがどう出るか試す。そんなことも、常に相手をよく聴いているからできるのだろう。
だが、こうしたあれこれも、心温かなハサン兄があってこそ。全声部が秘めているメロス(旋律性)を大切にし、その造形にこだわるいっぽう、タテの線を何がなんでも合わせるような無理はしない。後半、マーラーの第1交響曲でもそう。第1楽章、主要主題を支えるチェロの何でもないようなピッツィカートが、あんなに優しく、楽しげに鳴るとは。第3楽章の、場末の酒場的な泥臭いチューンも「それ臭く」ていい(オーボエの荒木氏!)。大音響を開放する時のまぶしいような陽の気(トランペットの長谷川氏!)も胸がすくけれど、筆者としては、そうした繊細さがとりわけ心に残った。
(舩木篤也)
公演データ
読売日本交響楽団 第689回名曲シリーズ
2月13日(金)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:ケレム・ハサン
ピアノ:中川優芽花
管弦楽:読売日本交響楽団
コンサートマスター:林 悠介
プログラム
ウンスク・チン:スビト・コン・フォルツァ
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 作品19
マーラー:交響曲第1番 ニ長調「巨人」
ソリスト・アンコール
メンデルスゾーン:「無言歌集」よりOp.67-2
他日公演
2月15日(日)14:00横浜みなとみらいホール 大ホール
ふなき・あつや
1967年生まれ。広島大学、東京大学大学院、ブレーメン大学に学ぶ。19世紀ドイツを中心テーマに、「読売新聞」で演奏評、NHK-FMで音楽番組の解説を担当するほか、雑誌等でも執筆。東京藝術大学ほかではドイツ語講師を務める。著書に『三月一一日のシューベルト 音楽批評の試み』(音楽之友社)、共訳書に『アドルノ 音楽・メディア論』(平凡社)など。









