どこまでも弾き手の想いがゆきわたる名演
第12回ショパン国際ピアノコンクールに3位を得ていらい、常に第一線で活躍してきた横山幸雄がデビュー35周年を記念するコンサートを開催。下野竜也指揮東京フィルハーモニー交響楽団との共演でショパンとラフマニノフ、それぞれ2曲ずつ4曲の協奏曲を披露。演目が多いので通常の開演時間から30分早めて6時半から始まった。
ショパンの第1番。オーケストラ提示部で下野は歌うべきところを十分に歌わせながら音楽を前へ前へと弾き進める。横山の音は決して大きくはないが、引き締まっていて良く通る。高音域はフランスのピアニズムにいう真珠のタッチだ。とりわけ弱音のきめ濃やかな表現がすばらしく、コンサートマスター坪井夏美ら弦のセクションが柔らかな音色で寄り添う。特筆すべきはソロとオーケストラの音量のバランスへの心配りでこれは他の演目にも言える。そしてソロの第2主題の緊張感を孕(はら)んだフレージングと絶妙なルバートに下野の指揮がぴたりとつける。第2楽章でソロはさらに表現が抑制され、内面的で密やかな世界を描き出す。香しい風がふわりと舞い立つような軽やかなフィギュレーションが美しい。終楽章で横山のタッチはさらに冴えわたり、一貫したテンションを保ちながら隅々まで精度の高い演奏を繰り広げる。
安定した構成感の第1番と違って、第2番の第1楽章などは前進したり立ち止まって夢を見たり。そんな少年の心のような感覚的なあやうさが魅力だが、横山の意志的でありながら繊細かつ精度の高い演奏で聴くと、確かな質感と侵しがたい気品が感じられる。第2楽章は儚く透明な色調を帯び、現実的で劇的な中間部と対比される。終楽章は柔らかなリズムが快い。すべてにおいて濃やかで洗練され、弾きての意識が感じられる。
休憩後はラフマニノフの第2番。横山は前半のショパンの白い衣装から、幅広帯の黒装束で登場。ピアノのタッチもオーケストラも重心の低い重みのあるサウンドでロシア風。両者ともに幅広いフレージングで滔々(とうとう)と歌うが、決して力にまかせない。ここでも各楽器間の精妙なバランスが光ると同時に、テクスチャーの明快さが特筆される。第2楽章でソロはさらに意識の深みへと沈潜。透明な叙情がすばらしい。第3楽章も導入から一瞬の弛みもなく、大きな流れとともに力強く音楽を前進。ソロはきらきらとした高音をまき散らしながら持ち前のヴィルトゥオジティを発揮。
第3番の第1楽章、さりげないソロの弾き出し。硬質なタッチによる鮮やかな名人芸。表現に外連味(けれんみ)はなく、抑制と落ち着きがある。だからこそ引き立つちょっとした歌い回しの艶。燃焼度の高いカデンツァ。第2楽章のオーボエとそれに続く弦の歌い込み。隅々まで表現の統制がとれていて、ソロは研ぎ澄まされた精神を感じさせ、指揮者、オーケストラとともに有機的で自然な音楽の流れが作られる。終楽章は一分の隙もない密度の高い音楽でピアノの名人芸の魅力が余すところなく示され、圧巻のクライマックスを迎えた。スタンディング・オベーションと鳴りやまない喝采拍手に応えて弾いた「英雄ポロネーズ」はまさにヒロイックで野性的。オーケストラのメンバーからも温かな拍手がおくられていたのが印象的だった。体力と集中力も桁外れだが、それだけではない。最上の共演者を得てどの曲も表現の中身が濃く優れて芸術的。末永く心に残るであろうコンサートだった。
(那須田務)
公演データ
デビュー35周年記念演奏会
横山幸雄 ショパン&ラフマニノフ 華麗なるピアノ協奏曲の響宴
2月12日(木)18:30サントリーホール 大ホール
ピアノ:横山幸雄
指揮:下野竜也
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
コンサートマスター:坪井夏美
プログラム
ショパン
:ピアノ協奏曲第1番ホ短調Op.11
:ピアノ協奏曲第2番へ短調Op.21
ラフマニノフ
:ピアノ協奏曲第2番ハ短調Op.18
:ピアノ協奏曲第3番ニ短調Op.30
ソリスト・アンコール
ショパン:ポロネーズ第6番「英雄」変イ長調 Op.53
なすだ・つとむ
音楽評論家。ドイツ・ケルン大学修士(M.A.)。89年から執筆活動を始める。現在『音楽の友』の演奏会批評を担当。ジャンルは古楽を始めとしてクラシック全般。近著に「古楽夜話」(音楽之友社)、「教会暦で楽しむバッハの教会カンタータ」(春秋社)等。ミュージック・ペンクラブ・ジャパン理事。










