2つの物語を1つの世界に見事に統合。演奏もそこに理想的に統合された
2つの物語を1つのものとして表現するなど、並みの演出家ならアイディア倒れに終わりそうだが、ダミアーノ・ミキエレットは違う。相乗効果でそれぞれのオペラを見事に抉(えぐ)ってみせた。
「カヴァレリア・ルスティカーナ」はマンマ・ルチアが営むパン屋の周囲ですべては起きる。回り舞台で屋外と屋内を交互に見せつつ、因習に捉われた社会に生きる人たちの心の内と外を暴く。時代は1980年前後に移されているが、読み替えはない。閉鎖的な田舎町が装置や衣裳の助けも借りて徹底的に描写される。年季の入った壁や看板の色の褪せ具合まで、南イタリアの田舎町そのままで、ある種のエキゾチシズムまで感じさせる。ヴェリズモは「現実をリアルに描いた」といっても、今も昔も、貧しい田舎はオペラの観客の日常とは無縁の世界。エキゾティックでこそヴェリズモだ。
たとえばパン屋の、錆(さび)が赤く浮いたシャッターの色が、サントゥッツァとアルフィオの衣裳の色彩と調和している。それはくすんだ美しさを醸し出すと同時に、変化から取り残された町と人々を象徴しているようにも見える。そう狙ったのかどうかは知らないが、徹底して芸が細かい。このオペラの舞台には教会が付き物だが、それが見えないのもよかった。たしかにドラマは復活祭のミサの前後に起きるが、聖性とはほど遠い人間性を抉るのがこのオペラなのだから。
岡田昌子のサントゥッツァは強い声を安定して、しかも美しく響かせることができる。今井俊輔のトニオは独特のアクの強さがこの役にマッチし、前川健生のトゥリッドゥも、しっかりジラーレ(声を後頭部に回して曲げること)された高音を中心に声がとめどなく出る。三者のバランスがよく、合唱も、アンドレア・バッティストーニ指揮の東京フィルも、集中力が高い。バッティストーニは、このオペラならではの旋律美を意識的に浮上させつつ、ドラマティックに深掘りする。両者のバランスが絶妙で、結果、殺伐とした世界は殺伐と描きつつも叙情的な哀感が加わって、それが時に神の恩寵(おんちょう)のように聴こえもする。
ルチアのパン屋には「道化師」のポスターが貼られ、間奏曲の途中では、ネッダがシルヴィオと逢引する場面も挿入された。シルヴィオはここでパンを焼いていたのだ。
「道化師」の回り舞台も、楽屋とその隣の劇場、その外の廊下が回り舞台で交互に見せられ、装置の立体性が人間劇を多面的に見せることにつながっている。まるでドラマが螺旋(らせん)に抉られ、深掘りされ続けるように。
アルフィオを歌った今井がトニオもそれらしく歌い、イ・スンジェのネッダは叙情的な響きを失わずに、劇的表現も自然に聴かせる。樋口達哉のカニオは熟成した声を無理なく紡いで、哀感たっぷりに歌い上げた。高田正人のペッペが清涼な声で、生々しく痛々しい殺人劇を浮き立たせるうえでも効果的だった。バッティストーニは立体的な演出と歩を合わせるように、人間心理の間合いを絶妙に取りながらドラマを引き締めた。
間奏曲の間には、今度はサントゥッツァとルチアが現れ、心の痛みを分かち合ったが、直後に痛ましい事件は起きる。相乗効果は最後まで薄らぐことがなかった。
筆者はミキエレットをデビュー時から追いかけているが、奇をてらわずに本質を見せるという点で、真の巨匠に到達したと感じた。そういう演出は、オーケストラも合唱も歌手たちも理想的に統合しうるということも知らされた。
(香原斗志)
公演データ
東京二期会オペラ劇場 カヴァレリア・ルスティカーナ/道化師 〔新制作〕
2月12日(木)18:00東京文化会館 大ホール
指揮:アンドレア・バッティストーニ
演出:ダミアーノ・ミキエレット
演出補:エレオノーラ・グラヴァニョーラ
装置:パオロ・ファンティン
衣裳:カルラ・テーティ
照明:アレッサンドロ・カルレッティ
合唱指揮:佐藤 宏
音楽アシスタント:松下京介
演出助手:彌六
舞台監督:村田健輔
技術監督:大平久美、村田健輔
公演監督:大野徹也
公演監督補:永井和子
マスカーニ:オペラ「カヴァレリア・ルスティカーナ」
全1幕 日本語及び英語字幕付原語(イタリア語)上演
サントゥッツァ:岡田昌子
ローラ:小泉詠子
トゥリッドゥ:前川健生
アルフィオ:今井俊輔ルチア:与田朝子
レオンカヴァッロ:オペラ「道化師」
全2幕 字幕付原語(イタリア語)上演
ネッダ:イ・スンジェ
カニオ:樋口達哉
トニオ:今井俊輔
ペッペ:高田正人
シルヴィオ:与那城 敬
合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
他日公演
2月13日(金)、14日(土)、15日(日)14:00東京文化会館 大ホール
※13日、15日のキャスト等、公演情報の詳細は公式サイトをご参照ください。
https://nikikai.jp/lineup/cava_pagli2026/
かはら・とし
音楽評論家、オペラ評論家。オペラなど声楽作品を中心に、クラシック音楽全般について執筆。歌唱の正確な分析に定評がある。著書に「イタリア・オペラを疑え!」「魅惑のオペラ歌手50:歌声のカタログ」(共にアルテスパブリッシング)など。「モーストリークラシック」誌に「知れば知るほどオペラの世界」を連載中。歴史評論家の顔も持ち、新刊に「教養としての日本の城」(平凡社新書)がある。










