緊張感に満ちたプロコフィエフ「第5番」ほか、深い呼吸とともに描き出した珠玉のロシア音楽
トゥガン・ソヒエフ指揮によるロシアン・プログラム。20世紀半ば、冒頭の19世紀の小品(とはいえこれもショスタコーヴィチの編曲だが)以外はソ連時代の2曲がメインとなっている。コンサートマスターは川崎洋介。
はじめにムソルグスキー(ショスタコーヴィチ編)の歌劇「ホヴァンシチナ」の前奏曲〝モスクワ川の夜明け〟。冒頭のヴィオラからヴァイオリンへの弦楽器群の受け渡しが、川面から澄んだ大気へと視点が昇っていくようで、深くて気持ちのよい呼吸。やがて鳥が鳴き、夜が明けていく。教会の鐘が響き始めると同時に大砲のようにティンパニが轟き、人間の醜い欲望が渦巻くモスクワの街が動き始める。ここまでをソヒエフはじっくりと、目に見えるように描いてくれた。
続いてショスタコーヴィチのピアノ協奏曲第2番。前曲から一転して、快速の第1楽章が始まる。木管群のユーモラスな響きに応えて、松田華音が生き生きとピアノを奏でる。敏捷でスピード感があるが、打鍵がしっかりしていて音は明快に底まで響く。しかし音離れが速いので音はつねに弾む。だから濁って汚い打撃音にはならない。ロシアのピアニズムをきちんと身につけたピアニストだ。第2楽章は弦楽とロマンチックに、第3楽章は再び快活に。アンコールのシチェドリンの「ユモレスク」はその名の通りユーモラスで、客席を喜ばせた。
後半はプロコフィエフの交響曲第5番。ソヒエフにとっては経験を重ねた、十八番の曲だろう。緩急緩急の4楽章構成の音楽を、指揮棒を用いずにていねいに、自然に呼吸させながら進めていく。弦楽器群の響きには立体感がある。ムソルグスキーの曲での豊かな響きとは対照的に、ここでの弦は強奏になると硬質の、金属的で耳ざわりな響きをしばしば出して、20世紀前半のモダニズム、工業化社会の音楽という印象になる。不安と焦燥、ときに戦慄。この曲の暗部を引き出したような演奏で、集中力が高く緊張感に満ちた、見事な演奏だった。
今回、定期公演ABCの3プログラムにオーチャード定期を加えて、4種の公演でさまざまな曲目を披露したソヒエフは、周知のように、2027年のウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートを指揮することが発表されている。日本のオーケストラの定期公演に継続的に登場してきた指揮者がニューイヤー・コンサートを指揮するのは、小澤征爾以外では初めてのことだろう。ますますの世界的な活躍が期待されるだけに、N響との関係もさらに深まっていくことを、願ってやまない。
(山崎浩太郎)
公演データ
NHK交響楽団 第2056回 定期公演 Bプログラム
1月29日(木)19:00サントリーホール 大ホール
指揮:トゥガン・ソヒエフ
ピアノ:松田華音
管弦楽:NHK交響楽団
コンサートマスター:川崎洋介
プログラム
ムソルグスキー(ショスタコーヴィチ編):歌劇「ホヴァンシチナ」─前奏曲「モスクワ川の夜明け」
ショスタコーヴィチ:ピアノ協奏曲 第2番 ヘ長調Op.102
プロコフィエフ:交響曲 第5番 変ロ長調 Op.100
ソリスト・アンコール
シチェドリン:ユモレスク
他日公演
1月30日(金)19:00サントリーホール 大ホール
やまざき・こうたろう
演奏家の活動と録音をその生涯や同時代の社会状況において捉えなおし、歴史物語として説く「演奏史譚」を専門とする。クラシック音楽専門誌各誌や各種サイトなどに寄稿するほか、朝日カルチャーセンター新宿教室にてクラシック音楽の講座を担当している。著書は『演奏史譚1954/55』『クラシック・ヒストリカル108』(アルファベータ)、片山杜秀さんとの『平成音楽史』(アルテスパブリッシング)ほか。1963年東京生まれ。










